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「一ノ瀬さんの事、嫌いじゃないけどさ……」
「乱暴だって噂だよ。独りが好きみたい、LINEに誘っても断られたし」
クラスで一番無口な一ノ瀬花音は、かえって目立つ存在だった。よく教卓に近い席に座っているから、自然に彼女の姿が目に入る。
すらりとした手足に、切りそろえたボブカットが可愛らしい。シャープで意志の強そうな瞳は、近づきがたいが魅力的だ。ましてや「花音」なんていう今風の名前は文歌の憧れだった。
中学の入学時に担任の先生が説明した、『場面緘黙』という難しい響きが耳に残る。
休憩時間や昼休みでも一人ぼっちの一ノ瀬さんは、国語の本読みや音楽の合唱でさえも沈黙していた。
家では普通に会話するので、小学校から一緒の子の中には、彼女の声を知る者も幾人かいた。
彼女が言葉を発しないのは物静かとか機嫌が悪いとか、個人的な理由ではない。大勢が集まる場において喋ることが、一ノ瀬さんにとっては富士山に登る位に困難なのだ。
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