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「……何となく、見たくなって」
一ノ瀬さんの柔らかな唇が、風に吹かれて消えそうな声を紡ぐ。
「村井さんの顔が。前に、犬の散歩をしているのを見かけたから……」
そう呟く彼女は、文歌の目を真っすぐに見つめる。
「いつも、ありがとう。お礼を言いたかった」
迷いが、ようやく二人から消えた。取るに足らない、きっと大人ならそう言って終わらせる。そんな結末が嫌で、文歌はもどかしかった。
でも今なら答えられる。 彼女と過ごした時間は、ささやかでかけがえのない記憶だから。
「いつだって待ってるよ。その、わたしたち、友達……だし」
文歌の言葉に、一ノ瀬さんはとびきりの笑顔で頷き返した。
春を彩る散歩道はどこまでも途切れない。髪に肩に、薄紅色の花びらが降り注ぐ。
自由を待ちわびた想いが、二人の口からとめどなく零れた。
笑顔の理由に、ようやく出会えた。
<了>
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