Heroic Monster

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 幸か不幸か思ったほど離れていなかったみたいで、茂みの向こうから声が聞こえてきた。さっきのオーク族の声だ。 「俺も別に涙流して感謝して欲しいとかチヤホヤされたいってわけじゃねーんだけどさあ。こういうの、ちょっと悲しいよなあ」  こっそり茂みから覗き込むと、彼は手元に戻した鉄球をぶんぶん回していた。凄い速さで回転するそれは風を起こすほどで、当たればわたしなんか一瞬でぺしゃんこになりそうな迫力だ。 「そういや、お前らたまにそうやって立ち上がって前足広げるよな。それってやっぱ威嚇してんの?」  豚猪の顔は器用に軽口を叩きながら、もの凄く速く回転していた鉄球を大岩熊めがけてそっと投げつけた。その優しい動きとは裏腹に鉄球は目にも見えない速さで飛んでいき、大岩熊を胴体でふたつ折りにしそうなほど突き刺さった。  倒れた大岩熊はもうピクリとも動かない。 「あの子供らは村に帰れたんかねえ」  ぼやくように呟くオーク族を置いて、わたしはその場を離れた。妹の姿も死体も無かったから、きっと妹は別方向へ逃げたんだろう。山の中は安全とは言えないけど、あの場にいる危険を思えばどうでもいいようなことばかりだ。  わたしは村へ急ぎながらさっきのオーク族のことを考えていた。 『俺も別に涙流して感謝して欲しいとかチヤホヤされたいってわけじゃねーんだけどさあ。こういうの、ちょっと悲しいよなあ』  誰もいないところで魔物相手にこぼしていた言葉は、もしかして本心なんじゃないだろうか。彼は本当にわたしたちを助けてくれただけだったのかもしれない。  でも、この世に良いオーク族なんているんだろうか。  とても信じられない。  わたしは村に帰って大岩熊とオーク族に出会ったことを大人に伝えた。オーク族が良いひとっぽかったことや、大岩熊が倒されたことは言わなかった。どうせ誰も信じてくれないだろうと子どもなりにわたしは理解していたからだ。  これはわたしの心の中にそっとしまっておこうと決めた。  だから。  あの勇者様がやってきて、大岩熊を倒してオーク族を追い払ったと言ったときわたしだけがウソだとわかった。  彼はどうなったんだろう。  もしかすると彼は本当に良いオーク族で、勇者様と話し合いをしてこの土地を離れたのかもしれない。  人間のわたしたちを安心させるために勇者様にわざわざ村に行くようお願いしたんだろうか。  周りを見回せば、実際に目の前で二匹目の大岩熊が倒されるところを見た村のみんなが興奮して勇者様の活躍を語り合っている。  こんな状況で、一匹目はオーク族が倒して助けてくれたんだ、なんて言いだしてもきっとおかしな子だと思われるだけだろう。  これはわたしの心の中にそっとしまっておこうと決めた。  称賛もお金も貰えないのにわたしたち姉妹を助けてくれた、邪悪な姿の彼こそがわたしにとってのヒーローなのだ。  それはわたしだけが覚えていたらいい。もし、万が一その機会があったら彼にお礼を言う為に。
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