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「おお、まさに勇者……あの巨大な大岩熊を一撃で!」
「凄いぞ! 初めて見た!」
「もう、村を捨てなくていいのか? ありがてえ……ありがてえ……」
二匹目の大岩熊が目の前で倒されたのを見て、村のみんなが口々に彼を褒め称える。わたしの妹も大はしゃぎで彼を取り巻く輪に加わった。
勇者様は照れたような気まずいような引きつった笑いを浮かべている。
しどろもどろに村のみんなと話し、村長が宴をするというのに遠慮して一夜の宿も取らず、村のみんなから集めたお礼のお金だけは断り切れずに渋々受け取るとそのまま村を去っていった。
「わざわざ助けてくれたのにお礼も要らないなんて。なんかちょっと変わったひとだったね? お姉ちゃん」
勇者様が見えなくなるまで手を振って見送った妹がこちらへ戻ってきて言った。
「え……うん。そうだね」
それは精悍な長身に蜂蜜のような黄金色の髪と瞳を持ち、白銀の鞘の大剣と盾を携え揃いの鎧に身を包んだ男性。一目で誰の目にもわかるほど普通じゃない美しい勇者様だった。
村にやってきた勇者様は大岩熊を倒して豚頭のオーク族を追い払ったと言っていたけれども。
でもわたしだけは知っている。それはウソだって。
山に入って仕事をするのは大人も子供も同じ。みんなが危ないことをしてなんとか生きていけるだけの貧しい村だから、いつか誰かがこんな目にあうのはわかっていた。
ただ、それが自分たちになるとは、本当は思ってなかったけれども。
ほんの数時間前、追い詰められたわたしと妹はただ震えて手を取り合っていた。目の前では無数の岩のようなコブを持つ魔獣、大岩熊がよだれを垂らして恐ろしい唸り声を上げている。
逃げられない。
熊も、熊の魔物も人間よりずっと速い。大人の足だって逃げられない。妹と別々に逃げればもしかしたらどちらかは助かるかもしれない。でもそんなことできっこない。わたしは死にたくないし、妹にも死んで欲しくない。
だからわたしは祈るしかできなかった。誰か助けて。
そして祈りは通じた。
突然大きな鉄球が飛んできて大岩熊の脇腹に当たった。凄い音がして大岩熊が横倒しに倒れる。なにが? いったいなにが? 混乱しているわたしたちに「今だ嬢ちゃんたち!」と力強い男のひとの声が届いた。誰か、それも強いひとが助けに来てくれたのだ。
奇跡を起こしてくれた女神様に感謝しながら声のほうへ駆け出そうとして、でも一瞬で足が固まってしまった。
鉄球についた鎖の反対側を握っていた声の主は、豚か猪かわからない獣の顔をしていたから。
オーク族。人間と同程度の背丈に豚と猪の合いの子のような頭部と丸太のような強靭な手足、全身黒い剛毛に覆われ常に悪臭を放っている。魔神を崇め魔王に従い、辺境の山や森の奥深くで小さな集落を作って過ごしていると言われている。
大岩熊なんて比べ物にもならない、知性ある邪悪な魔物。オーク族。
「いやあああっ」
わたしは悲鳴を上げながら狂ったように茂みの中に駆け込んだ。
もうやだ! やだやだやだ! どうしてわたしたちばっかりこんな目にあうの!
そこでふと我に返る。
妹はどこ?
その手にはなにも握られていない。逃げ出したときに手を離してしまったんだろう。妹をあんなところに置き去りにしてきてしまったかも知れないと思うとわたしの背中に冷たい汗が流れる。
「助けに……戻らなくちゃ……」
少なくとも、現場に戻ってどうなったのか確認しなくちゃいけない。わたしはお姉ちゃんなんだから……。
震える腕を抱きしめながら、わたしは来た方向へと戻り始めた。
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