10 メロンパンの衣

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10 メロンパンの衣

 美濃さんの懺悔を聞いて、私は遅すぎる理解を得た。美濃さんの顔や肉体が食べ物になっていない理由だ。美濃さんは摂食障害になってから全てをミキサーにかけて液体にしていた。食べ物の味を満足に感じられずに好きな食べ物すら分からなくなってしまったのだ。料理が下手なのもカラオケでメロンパンを食べようとした時の躊躇も、全て。 「......GPSはいつからですか?」 「楓さんの家に初めて上がった時です」  私が寝ている間なら付け放題だろう。それほど私は美濃さんに隙を作ってしまっていた。 「......僕と楓さんは16年前に出会っていたんです。きっと覚えてないでしょうけど。それから僕はあなたにずっと執着していました。それもおぞましいほどに」  美濃さんの秘密は確かに許されなくて、人としては恥ずべき事なのかもしれない。 「美濃さん」 「......何ですか?」  美濃さんは怒られるのを怖がる子供みたいに震えていた。私に隠していた弱さが、今堰を切ったように溢れ出していた。 「目を閉じて下さい」 「......はい」  私は初めて、キスをした。 「......え」 「えい」 「おごっ.!」  そしてビンタをした。 「ええ!?どうして!?」 「なんか腹が立ったので」 「キスの後にビンタって......情緒がしっちゃかめっちゃかですよ......」  美濃さんは喜びよりも困惑が打ち勝っているような感じだった。 「美濃さんのその困り顔が、大好きですよ」 「......そうですか」  そして私は美濃さんに1番掛けたかった言葉を掛ける。 「美濃さんの行為は確かに人として最低です。私じゃなかったら絶縁確定です」 「......はい」 「大体GPSまで付けるなんて愛が重すぎます。16年も執着してたなんてはっきり言って気持ち悪いです」 「......はい」 「それに私のストーカー行為を知ってて利用したのも趣味が悪すぎます。文句ならもっと出てきますよ」  美濃さんは今にも涙を流しそうだった。鼻水を啜る音が部屋に響いた。 「でも、私は好きですよ」 「え?」 「そんな気持ち悪い所も含めて、好きになってしまったんです」  美濃さんの内面は本当にどうしようも無いのかもしれない。でも私に優しくしてくれて、お粥をご馳走してくれた。それだけで美濃創葉という人間を信じられる。あの優しさが全て嘘だったなんて、誰にも言わせない。 「人間らしく振る舞おうとしないでください。美濃創葉って生物をもっと好きにならせてください」 「......生物って」  美濃さんの微笑みが私を貫いた。とっくに私は、落ちていたのだ。 「......僕、あなたの事を死神って呼んでました。5歳児の幼稚な思考ですよね」 「死神は酷すぎます」  そう言って笑いあった。 「私だって最低な人間ですよ」 「......じゃあ最低な人間な人同士、一緒に居ますか」 「いいですね。乗りました」  私はバッグに入れていた2つのメロンパンを取り出して、1つを美濃さんに預けた。 「僕、食べれませんよ?」 「カラオケの時に欠片だけでも食べられたじゃないですか。もしかしたら食べられるかも知れませんよ?怖いんですか?」 「......そんなに焚き付けられたら、食べるしか無いじゃないですか」  私と美濃さんは椅子に座ってメロンパンと向かい合う。私はメロンパンにかぶりついた。 「意外と味が改善されてますね。59点」 「低っ!?」 「私、最低な人間ですから」  美濃さんなまだメロンパンとにらめっこしている。手汗が凄い事になっていた。 「美濃さんが吐いても笑ってあげますよ」 「せめて悲しんでください」  美濃さんは水に潜る時のように息を整え、そしてかぶりついた。 「意外と大きくいきましたね」 「......」 「大丈夫ですか?」 「......美味しい」  そして美濃さんはもう一口とメロンパンにかぶりつく。涙が机を濡らした。 「美味しいです......!」 「......あたしも」  私も涙を流していた。2人とも涙を流しながら食べるなんて、お通夜みたいだ。  もしかしたら美濃さんの顔がメロンパンになってしまうかもと思った。でもそれでも良かった。私は顔に恋したんじゃなくて、貴方に恋をしたのだから。  私達は世界で1番幸せな、食卓を囲んだ。
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