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「おーっと冷たいねえ、矢口くん。つれないこと言ってんじゃねえよ」
ところが、俺は逃げ道をとっくのとうに失っていたのだ。背後を歩いていた坊主の男が、ガッチリと俺の肩に腕を回してきた。坊主の男の隣には金髪の男も控え、こちらも俺をピッタリとマークしている。
坊主の男は俺の耳元で、低くドスの利いた脅し文句を囁いてくる。
「なあ、ちょっとくらいツラ貸してくれても良いんじゃねえの? こっちも人数ギリギリなんだからさぁ」
「は、はぁ……でも……」
「お前、胸だの脚だの、人の妹にさんざんスケベな目線を向けてくれたらしいじゃねえか……タダで済むと思うなよ」
「え……い、妹!?」
ひょっとして……俺は恐る恐る。前方を歩く珠樹さんに視線を送る。嘘だと言ってほしいけど、もう他の可能性が見当たらない。
「あー、そう言えば紹介してなかったねえ」
珠樹さんはわざとらしく左の掌を右の拳で打ってから、補足情報を加えてくる。相変わらず俺の心情なんて考慮してない、間の抜けた口調だった。
「そっちの坊主頭の方が、沼部 雅くん。桜のお兄ちゃんね。で、後ろの金髪の方が、大田 佑蒲。私の兄ちゃん。二人とも私の2個上だから、貴方にとっては4個上ね」
あ~……そうでしたか……そりゃ怒りますよね……否定できないっスから……妹さんをスケベな目で見てたって事実は……
終わった。俺は手を付けちゃいけない女に手を出した。生徒会長と副会長とかいうラスボスといきなり知り合えて浮かれてたけど、ラスボスはやっぱりラスボス。ひのきの棒だけで立ち向かっちゃいけない相手だったのだ。
紹介が済んだところで、桜さんのお兄様の腕の力がいっそう強くなった。ガッチリとロックを固められ、いよいよ逃がすものかという気概が伝わってくる。
「まあ、痛い目に遭わせないだけいいと思ってくれよ……一緒に仲良く、『アクティブな遊び』をしようじゃねえか」
さようなら、俺の青春。
やっぱり俺の人生って、野球に狂わされていくんだなぁ……せっかく狂うなら、色恋に狂いたかった。
気付いた時には、もう遅い。俺はズルズルと引きずられたまま、今日の試合会場である多摩川緑地球場8号面へと連れてこられたのだった。
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