第1章 放課後、熱く求められて。

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 小高い土手の上を歩いていると、次第に野球部の専用グラウンドが近づいてくる。朝の8時半にもなってないのに、すでにユニホーム姿の選手が白球を追っていた。朝練なんかやってんのか。ご苦労なことだ。朝はしっかり寝て午後に頑張ったほうが効率が良いと思うけど。 「私は、アンタが野球をしてる姿が好きだった。打ったり投げたりしてる時のアンタが、一番カッコ良かったと思ってる」  野球部特有の『サァイコウゼー』『ウエーイ』という多くの鳴き声をバックに、雪はひとり勝手に思い出話を始める。これまた聞き飽きた話である。そろそろ、パタンと畳めるゾウさんみたいな耳が欲しくなってきた。 「去年の全国大会なんか、ホントに凄かったじゃん。2回戦で投げてはノーヒットノーランで、打っては3本もホームラン打ってさ」  あーハイハイ。お前は頼んでもないのに八王子まで観に来てましたっけ。 「3回戦も、完投した翌日なのに6回からリリーフで出てきて、そこから6者連続三振取っちゃって。負けちゃったけど、逆転できるんじゃないかって本当に期待したんだから」  ……ちょっと待て、前から歩いてくるギャル、おっぱいデカくね? 「私にとって、アンタはヒーローだったんだよ。グラウンドで活躍してる姿を見てたら、私も何だって乗り越えられそうな気がした」  土手高の制服じゃないな。あれは多摩川実業のヤツだ。今から電車に乗るんだろうから、住んでるのはこの辺ってことだよな。 「ねえ、お願いだから野球を続けてよ。アンタだったら甲子園だって……」  それにしてもデカいおっぱいだな。Dカップ、いやEカップ。野球で鍛えたこの俺の目は誤魔化せないぞ。 「……」  やっぱり近隣の高校にもアンテナ張っとかないとな。可愛い女の子は何人いても良いもんだ。土手高は意外と清楚な子が多いから、派手な子と遊びたくなったら遠征も考えて――  突然肩を掴まれ、背後を振り向かされる。グルンと180度回転した視界の先には、何か酸っぱいもんでも食べたみたいな表情の雪がいた。  そんな潤んだ瞳で見つめてどうした、キスでもしてくれんのかと思った瞬間――左の頬を思いっきり撃ち抜かれた。見事なビンタだった。体重移動、腰の回転、手首のスナップ。身体の全てがしっかり連動していた。お前が野球やったほうがいいピッチャーになれんじゃねえかってくらい、凄まじい一撃だった。  チカチカと明滅する視界の端に、遠ざかっていく雪の背中が見えた。『渡のバカ! もう知らない!』という捨て台詞を吐きながら、うずくまる俺を置いて走って行ってしまった。
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