第20話 あなたと、未来を思い描いて。

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 『ツバを付ける』が慣用句で終わらないのがウチの店長である。音を立てながらガチで近づいてくる厚ぼったい唇。身体中の肌が粟立って、嫌悪感とSOSを同時に表現する。  しかし、あくまでノンケには冗談で済ませるのもウチの店長である。俺がホバリングのごとく2mくらい後退したのを見て唇を鳴らすのを止めてくれた。咳払いをしてから、真剣なムードに戻る。 「無理しなくても良いけど……残ってほしいのは山々なのよ。お客様でも、『矢口くんがいないと嫌だ』って人が多くてね」 「え、マジすか」 「木村さんでしょ、それから田中さん。西山さんもそうよ。まだまだ矢口くんにトレーニング見てもらいたいって言ってる人がたくさんいるのよねぇ」  トレーナーじゃないから極めて初歩的な内容しか教えてないけど……初心者向けのトレーニングマシン講座だったり、入会前の体験トレーニングだったり。誰かにトレーニングを教える機会は日に日に増えていった。  教えっぱなしになるのも嫌だったから、その後も自分が関わったお客さんを見かけては声を掛けた。トレーニングの強度が上がったり、理想のボディに近づいてると分かったときは嬉しかった。もともと平日の夜は常連のお客さんが多いもんで、すぐに顔なじみがたくさん出来た。  だからこそ、俺だってこのバイトを辞めたくないってのが本音なのである。
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