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「ねえ、このままウチに残り続けてよ。社員になっちゃえばいいのよ」
俺の脳裏にお客さんの顔が思い浮かんでるところで、店長がさらに押しの一言。言葉だけじゃなくて、身体もズイと近づけてくる。
「パーソナルトレーニングも受けてさ、スタジオレッスンも出来るようになってさ。あなたがやるようになったら大人気よぉ、ウチで一番のトレーナーになっちゃうわ」
「うーん……今すぐ決めるのは、ちょっと」
「あら、そんなの当たり前よぉ。大学か何かで、より専門的な知識を培って貰わなきゃね。で、在学中にスタジオレッスン出来るようなライセンスを取っちゃえばいいの。そうしたら、卒業した瞬間に即デビューできるんだから」
気持ちがグラついたところで、店長がさらに押しの一言。さすが、男のハートをくすぐるのが上手い人である。将来のことを簡単に決めてはいけないと頭では分かってるけど、何も決めてない心を大きく揺さぶってくる。
俺は野球なんて大っ嫌いだ。筋トレも大っ嫌いだ。でも誰かに負けるのはもっと大っ嫌いだったから、しぶしぶ取り組んできた。イヤイヤ勉強して培ってきた知識だけど……それを喉から手が出るほど欲しがる人もいるんだよな。
将来、俺が他の人の役に立てることなんて、それしかないのかもしれない。
「何も決まってないんだったら、前向きに考えてみてちょうだい。あなただったらわざわざ新卒で面接受けなくても、私がいくらでも口利きしてあげるから」
『ねっ』って、ダメ押しのウインクを繰り出す店長。青ヒゲの残る男性のウインクなんて何ひとつ可愛げを感じることはないけど……将来像は完全に塗り替えられてしまった。
今すぐに答えは出せないので、『考えておきます』と返すしかなかった。でも決して候補の一つとして考えるということではない。必要な資格とか、その知識が身に付く学校とか……本格的に意識して調べてみようというくらいには、気持ちが傾いていた。
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