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「それで、用件は何だったっけ。ウチで働きたいって話だったっけ」
「しまいにゃ怒りますよ☆ ……お知り合いのスポーツトレーナーの方をご紹介していただきたく存じます」
「そうそう、そうだっけ。ひとりいるから紹介するよ。広島フィッシャーズにいた宇品 哲也って知ってるかい」
「あぁ……香田選手と『テツタツコンビ』組んでた3番打者ですか」
「アイツ、高校の後輩でさ。今は調布の野球塾でトレーニング担当やってる」
「野球塾、スか……」
「違う違う、野球塾で働けとは言ってないよ。ただ、知り合いのトレーナーの中で、哲也がいちばん紹介してやりたいヤツなんだよ」
「あぁ、ビックリした。本気で引き抜こうとしてるのかと」
「ヤダなぁ。僕の口が裂けても、渡くんを競技の野球に引き戻すなんて出来ないよ」
紀田さんがあんまり必死に否定するもんで、思わず噴き出してしまった。紀田さんと合わせて、しばらく二人でケラケラ笑う。なんで俺が野球を辞めたかを知ってる紀田さんが、そんな強引な手口を使うわけもないか。一瞬勘ぐってしまった俺自身をバカらしく感じた。
でも、紀田さんの本心はやっぱり違うらしい。笑い声が止んだ後、紀田さんの声がポツリと聞こえてきた。
「まあ、戻ってきてくれるなら、いちばん良いんだけどさ」
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