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【 桜 】
それから月日は流れ、もう3年目の春を迎える。
昨日、私は大学を無事に卒業した。
でも、彼は卒業式には姿を現さなかった……。
「それは、当たり前なのかな……」
思わずポロリと涙が頬を一筋零れ落ちた。
明日、私は日本に帰る予定だ。
彼と付き合っている頃、しきりに地元の海のことを自慢していた。
「僕の実家があるところの近くに、綺麗な海があって、小さい頃よくそこへ泳ぎに行ったんだ。いつか君をそこへ連れて行ってあげたい。その海辺には、大きな岩があって、それがまるで怪獣のように見えてね……」
彼は地元の話になると、いつも夢中になって、楽しそうに私に話してくれた。
彼のその嬉しそうにしている顔が忘れられない。
大学へ留学するのをきっかけに髪を茶色に染めて、メガネだったのをコンタクトに変え、準備万端で大学デビューしたとのこと。
そんな時に、私と出会ってふたりはすぐに恋に落ちた……。
もう一度、彼に会いたい……。
――その時、カフェの入り口の方から音がして、徐にその扉が開いた――。
私はハッとして、そちらの方を見る。
でも、彼じゃない……。知らない人だ……。
大きな窓の方を見ると、いつの間にか雨は止み、オレンジ色の夕日が顔を出していた。
西欧独特の白い壁と、この夕日と同じオレンジ色の屋根が、すごく素敵に見える。
いつも見る景色なのに、不思議と今日は、やけに美しく感じた。
それともう一つ、綺麗な色がこの窓から見える。
このカフェの横にあるピンク色の花を咲かせた木。
小さい頃から毎年見ていたその懐かしく思える木の枝から、ヒラヒラと花びらが散って見えた。
「桜、今年も綺麗に咲いてるよ……」
そうつぶやきながら、私はおかわりをした温かい紅茶の中へ、その花びらと同じサクラ色の金平糖をまたポトリと落とす。
今は誰も座っていない向かいの席から、昔、彼が言った言葉が聞こえてきた。
「金平糖をこの紅茶に入れると美味しいんだ。金平糖はね、このポルトガルから日本に伝わったお菓子なんだよ」
そう言って笑った彼の顔が、真正面に見えたような気がした。
その少しサクラ色に染まった温かい紅茶を口にする。
なぜだか、不思議とほんのり桜の味がする気がした。
ヒラヒラ、ヒラヒラ
いくつも、いくつも、このやさしい西欧の風に舞い踊る桜。
まだ私は、彼から卒業できていないんだと思う。
でも、それでもいい。
それでもいい……。
私は笑顔で、この大きな窓から見える満開のサクラに向かって、こうつぶやいた。
「もう1日だけ、ここで待ってみようかな……」
窓に映る私の顔も少しだけ、サクラ色に染まっているように見えた。
~サクラ・コンフェイト~
(了)
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