其の壱

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「……これは、母上、おくつろぎのところ失礼いたしました」  道を開け頭を垂れる阿龍にちらと視線を向けてから、女性はさも不機嫌そうに言い放った。 「そなたに母と呼ばれる筋合いはない! 邪魔じゃ!」  ぷい、と明後日の方を向くと、女性はかしこまる吾狼など目に入らないとでも言うように通り過ぎていく。こっそり阿龍の様子をうかがうと、その顔には言い難い表情が浮かんでおり、両の手はきつく握りしめられていた。  それに目ざとく気付いたのだろう。双樹が前触れもなく阿龍の背を押す。 「ほらほら殿、広間で朧殿がしびれを切らしているぞ。霜月尼(しもつきに)様の憎まれ口はいつものことだろう? さあ、早く行った行った」 「……ああ、双樹、すまぬ」  未だ煮え切らぬような苦笑を残して、阿龍は合議が行われるという広間へ足を向ける。不安げにその後ろ姿を見つめる吾狼へ、双樹は声を落として語りかけた。 「圷の嫡男殿には、つまらぬものを見せた。すまなかった」 「いえ……かえってこちらこそ立ち入った話を聞いてしまったようで、申し訳ございません」  はからずも両者の視線が交錯する。次の瞬間、双樹の手が吾狼の頭上に伸び、その髪をわしゃわしゃとかき回した。 「……?」  驚きのあまり、声も出ない吾狼。そんな吾狼の様子に、双樹は豪快に笑いながら言った。
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