其の壱

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「何だ何だ。男子たるものその様な弱気で、戦場(いくさば)に出たらどうするつもりだ? 」 「そ、双樹様、そのように大きな声を立てては、また……」 「霜月尼のことか? ならば気にするな。あの方が嫌っているのは、殿……阿龍様ただお一人だ」  一体双樹は何を言っているのだろうか。  理解できず首をかしげる吾狼に、双樹は鹿爪らしい表情を浮かべてみせる。 「……霜月尼は先代様の奥方だがな、阿龍様の母上ではない。まさかお前、知らなかったのか?」  全く初めて聞く話である。  吾狼は思わずこくこくとうなずいた。そうか、と小さく吐息を漏らすと双樹は背を屈め、おもむろに吾狼の耳元に口を寄せる。 「霜月尼には弥生様という姫君がおられたんだが、その……政略結婚に出されて……」 「双樹、そこまでにしてください」  先程とは異なる、どこか儚げな女性の声に、双樹は慌てて口をつぐむ。そして今までの磊落(らいらく)さはどこへやら、礼儀正しく廊下にひざまずく。 「……葉月様、申し訳ございません。その……」  先程までの双樹とはうってかわって畏まった口調。それに応じるように僅かに衣擦れの音がする。その場に現れたのは、声そのままに儚げでたおやかな女性の姿。けれどその面差しはどことなく阿龍に似ているようであった。 「母も、阿龍も、大切な私の家族です。そして、弥生が出されたのは、子を成せない私の咎なのですから……」
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