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黒鹿毛の一件から、周囲の吾狼を見る目は明らかに変わった。それまで腫れ物を扱うように接してきた同僚達は気さくに話しかけて来るようになり、阿龍の身辺に関わる役目を任されるようにもなった。
それだけではない。朧の計らいで、阿龍や双樹の師に当たる高僧から直々に学ぶことを許されたのだ。
どうやら家臣団は『黒鹿毛の人を見る目』とやらに一目置いているのだろう。
とは言え、自分という人間よりも、動物たる黒鹿毛の方が信頼されているようで、どこか吾狼は納得が行かなかった。
心の乱れは、すぐさま太刀筋に現れる。阿龍の剣の相手をしている時だった。表情そのままの不機嫌そうな怒声が、中庭に響く。
「どうした、吾狼。先程から上の空ではないか!」
閃く剣の切っ先を目の前に突きつけられ、吾狼は慌てて後ずさりそして恐縮するようにひざまずき頭を下げる。
主たる阿龍を怒らせてしまった。下手をすれば家が攻められる。
吾狼は覚悟を決めた。
「まこと自分の不徳の致すところ。申開きはいたしません。どうぞ、ひと思いにお手打ちになさってください」
剣を構えたまま阿龍は白く浮き上がるような吾狼の細首を眺めていたが、ふっと息を吐き出すと刃を鞘に収めた。かちん、という音に驚いたように吾狼は顔を上げる。
「……お館様?」
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