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と、阿龍は片膝をつき、視線を吾狼と合わせる。何が起きているのか理解できず硬直する吾狼の顔をまじまじと見つめながら、阿龍はおもむろに口を開く。
「名前で呼べと言っただろう? ふむ、相変わらず青白い顔をしているな。食事は取れているか? それとも師匠が厳しすぎるのか?」
耳に飛び込んで来たのは、想像だにしない吾狼を気遣うものだった。
一介の小姓、いや人質という身分である自分が、こともあろうか一国一城の主を不安にさせてしまった。
吾狼はますます恐縮し、それこそ地面に額を擦りつけんばかりの勢いで頭を下げる。
「滅相もございません。皆様大変良くしてくださって……もったいないくらいです」
そうか、とつぶやくと、阿龍はその場にどっかりと胡座をかく。そして吾狼にも座るよう促した。しばしためらった後、吾狼はちんまりと正座する。
「では、何を考えていた? あれでは隙だらけではないか。ここが戦場なら、生き残れぬぞ」
お前はいずれ俺の片腕となってもらわねばならぬ、そうやすやすと死なれては困るのだ。
そう諭され、吾狼は己の器の小ささを痛感し思わずうなだれた。
皆が自分より黒鹿毛を信頼しているのが悔しいなどと、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
重苦しい沈黙が流れる。
それを破ったのは、言うまでもなく阿龍の方だった。
「……吾狼、しばし付き合え」
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