其の壱

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 薄暗くがらんとした小姓詰所で、吾狼(ごろう)は息をついた。  未だ幼さの残る面差しの彼は、つい先日城に上がったばかり。同僚たちが合議の準備に負われる中、未だ勝手を知らぬ彼は留守居役を命じられ、ここにこうしてぽつねんとたたずんでいる。  もともと吾狼は、この頂城(いただきじょう)家臣の家柄ではない。近隣の弱小領圷城(あくつじょう)の嫡男で、所領の安堵を約するため差し出された言わば人質だった。  だから、どこに監視の目が光っているかわからない。少しでも怪しい素振りを見せれば首が飛ぶ。そんな緊張が続く毎日を送っていた。  そんな自分を、どうして一人にしておくのだろう。  あえて隙を与えて尻尾を出すのを待っているのだろうか。  それとも未だ信用が得られず、お家の大事に関わることには従事させない心積もりなのか。  そんな思惑は、だが吾狼が知ったことではない。  再び大きく息をつく。と、その時だった。  おもむろに目の前の(ふすま)が開く。現れた人物を目にするやいなや、彼は文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。 「……何だ、他に誰もおらぬのか?」 「お、お館様……⁉」  そう、そこに立っていた美丈夫は、この城の若き主阿龍(ありゅう)その人だった。 「他の小姓達はどこへ行った?」  その鋭い視線を受け止めかねて、吾狼は思わず深々と頭を垂れる。 「は、合議の準備に取り掛かっております。自分は未だ不慣れゆえ、詰所の留守居役を……」
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