其の壱

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 その後ろ姿を吾狼はしばし見つめていたが、始めての直々に下された命令を滞りなく果たすことができた安堵感でその場にへたり込む。  額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、吾狼はほっと息をつく。けれど直後、とあることに気が付いた。  同僚達が詰所を出払っていたのは、合議の準備をするためである。合議は重臣達が顔を揃える場所であり、その中心は無論城主たる阿龍である。  けれど、肝心の阿龍が遠乗りに出てしまったということは……。  事の重大さに気付き、吾狼は血の気が引くのを感じた。全身から今度は冷たい汗が吹き出している。  慌てて城に戻ると、予想通り城中は上を下への大騒ぎになっていた。 「おお、吾狼。そなたまで姿が見えないから心配したぞ。大事ないか?」  声をかけてきたのは、家老の(おぼろ)だった。元々農民の出だというこの初老の男は、城に上がった吾狼のことをその直後から何かと気にかけてくれている。  上気した顔で吾狼がうなずくのを確認すると、朧はずばりと本題に入る。 「さすれば吾狼、お館様を見かけなかったか? 間もなく合議というのに、お姿が見えぬ」 「申し訳ございません!」  言いながら吾狼は頭を下げる。そして事の顛末を包み隠さず朧に報告する。すべてを聞き終えた朧は苦笑を浮かべ、白いものの混じる頭をかいた。
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