其の壱

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「なるほど、ご命令とあらばそれは致し方ない。しかし、このままでは(まつりごと)が滞るのも事実」  しばし腕組みして思案した後、朧は改めて吾狼に向き直った。 「吾狼、そなた責任持ってお館様を連れ戻してまいれ。隣国の刺客がどこに潜んでおるやもしれん。必ずや……」 「かしこまりました、この命にかえましても必ずやお館様をお連れ申し上げます!」  朧の言葉が終わる前に、吾狼はくるりと背を向け脇目も振らず走り出す。その様子を見た朧は、やれやれとでも言うように肩をすくめた。  昨日雨が降ったせいで黒く濡れた道には、幸いにも黒鹿毛の蹄の跡がくっきりと残っている。吾狼はそれを注意深く辿りながら後を追った。  城下を抜け、草原へ出る。顔を上げると、小高い丘の上に一本の木が生えている。蹄はそちらに向かっていた。  息を切らせながら丘を登る。黒鹿毛を木の幹に繋ぎ、自らはその根本に腰を下ろして城下を眺めやる阿龍の姿を認め、吾狼は安堵の息をつく。それに気付いた阿龍はちらと吾狼に視線を向けると、形の良い唇の端を上げる。 「随分と早かったではないか」  まさかその足で駆けてきたのか。  そう問われて吾狼は肩で息をしながらうなずいた。 「城中は大変なことに……なっております……すぐにお戻り……くださいませ……」  途切れ途切れに生真面目に答える吾狼。対して阿龍は何故か満面の笑みを浮かべていた。
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