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「……お館様?」
「この国には優秀な家臣が揃っている。城主とはいえ若造の俺がおらずとも問題無かろう。それよりも……」
未だ息を切らしている吾狼を見ながら、阿龍は腹を抱えて笑った。
一体何事か。
きょとんとして立ち尽くす吾狼の視線に気付き、ようやく阿龍は笑いを収める。
「この黒鹿毛は、人を見る目がある。腹に一物ある奴を見抜くのだ」
支度を整える間大人しくしていたところを見ると、どうやらお前は信用に足る人物のようだな。
そう言い再び笑い始める阿龍。一方の吾狼は何を言われているのか理解できず、悠然と草をはむ黒鹿毛を見やった。
「お前の前に送られてきた者に馬を引けと命じたことがある。と、奴は手ひどく踏み付けられていた」
そう言われても、吾狼はにわかには信じることができなかった。
黒鹿毛を洗ったり刷毛をかけたりしたことはあるが、その間彼は大人しくされるがままだった。その黒鹿毛が荒々しく人を足蹴にするなど、想像だにできない。
そんな吾狼の心の内を知ってか知らずか、阿龍はつぶやくように言葉を継ぐ。
「その直後だったか。そ奴の故国が兵を挙げ、我が国に攻めかかってきたのは」
たいして大きな声ではなかったが、吾狼を青ざめさせるには充分だった。
さすがの吾狼でも、先の戦のことは知っている。
阿龍の従兄弟筋に当たる飛燕が治める峠城は、阿龍配下の頂城軍によって落とされたのだ。
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