其の壱

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 深い思考に落ちていく吾狼の視線が、ふと阿龍のそれとぶつかった。  その視線の鋭さに、吾狼は思わず後ずさる。 「そのように怯えずとも良い。取って食おうという訳ではないぞ。聞きたいことが一つあるのだが」  自分に答えられる事でしょうか、と首をかしげる吾狼に向かって阿龍はうなずいた。 「時に吾狼、先程からお前は俺のことを『お館様』と呼んでいるが」 「……はい。お気に障りましたでしょうか?」 「いや、お前はいずれ家督を継げば、同盟国圷の城主として俺と対等の立場になる。違うか?」 「いえ、我が国はあまりにも卑小で、対等など恐れ多く……」 「そう卑屈になるな。俺の家臣で無いのは事実だろう? なのに何故臣下のようにお館様などと呼ぶ?」  そう言われても。  何と答えていいのかわかりかねて、吾狼は口をつぐみ思わずうつむいた。  心底困ったような吾狼の様子に、阿龍は数度瞬く。 「そのように深刻に考えるようなことか? 俺はただ単に疑問に思ったから聞いただけなのだが」 「その……では、何とお呼びすればいいのでしょうか。他に失礼のないような呼び方は、思いもつきません」  そうか、と阿龍はつぶやく。  しばし両者の間に気まずい沈黙が流れる。静寂の中黒鹿毛が草をはむ音だけが響く。  しばし腕組みをした阿龍は何やら考えていたようだが、やがて妙案を思いついたようにぽんと膝を打つ。
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