其の壱

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「そうだ、俺を名で呼べば良い。それなら俺とお前は晴れて対等だ」  思いもよらぬ城主の提案に、吾狼は返す言葉もない。無言で立ち尽くす吾狼の目の前で、阿龍は何を思ったか一つぱんと手を打った。  驚いた吾狼は豆鉄砲を食らった鳩のように飛び上がり、着地に失敗して尻もちをつく。醜態を晒ししゅんとする吾狼。そんな彼に、阿龍は苦笑を浮かべながらその手を差し出した。 「ほら、早く立て。あまり遅くなっては、朧の髪がますます白くなる」  ようやく吾狼は自分が何故ここに来なければならなかったのかを思い出す。阿龍の手助けを固辞しすっくと立ち上がると、小走りで黒鹿毛に近づきその手綱を引いた。  抵抗することなく阿龍の元に連れてこられた黒鹿毛は、早く乗れ、とでも言わんばかりに前足で大地を蹴る。 「すまぬ黒鹿毛、しばし待て」  そう言うと、阿龍は吾狼の胴周りに手をかけひょいと取り持ち上げる。 「ふぇっ……?」  間抜けな声を上げたとき、吾狼の身体は黒鹿毛の背の上にあった。自分の身に何が起きたのか理解するより前に、阿龍の背が目の前にあった。 「城まで飛ばすぞ。捕まっていろ。舌を噛むなよ」  その言葉が終わるやいなや、阿龍は黒鹿毛の腹を蹴る。嘶きと共に走り出す黒鹿毛。その背から振り落とされぬよう、吾狼は必死になって阿龍の背にしがみついていた。
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