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「おお、殿。姿が見えぬから身罷ったのかと思ったぞ」
城に戻った彼らの姿を認め、縁起でもないことを言いながら大股に歩み寄って来る武者がいた。この声は、確か……。吾狼が自らの記憶と格闘する間に、阿龍もそちらに向かい歩を進める。
「戯言を言うな、双樹。ちゃんと足はある」
「そうか、ならば安堵した。殿がおらねば周りから幾多の強者が攻めてくるからな」
そう軽口を叩くのは、阿龍の乳兄弟の双樹。押しも押されもせぬ腹心の部下で、麓城の城主を任されている重臣だ。
そんな二人の屈託のないやり取りをやや離れたところから眺めていた吾狼の存在に、双樹は気がついたようだ。意味有りげな含み笑いを浮かべながら、彼は阿龍の肩を叩く。
「殿も隅に置いておけぬな。どこでこのような……」
「何を言う。吾狼は圷から預かった大切な客人だ。一人前の武士にしてお返しする義務がある」
その言葉に、吾狼は耳を疑った。自分の役目は、ひたすら与えられた雑務を卒無くこなすだけと思っていたからだ。大きく目を見開き阿龍と双樹の顔をかわるがわる見つめる。その時だった。
「相変わらず騒々しいこと。その耳障りな声は何とかならないのですか?」
不意に気難しげな女性の声が響く。あわててそちらに目をやると、僧形の女性が数人の侍女を引き連れこちらに向かいやってきた。
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