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据え置かれた真っ青な長方形の筐体。左部には黒い受話器が備え付けられているが、今は重たげに台の下まで垂れ下がってしまっている。
魁は深く一歩踏み込み、ぶらぶら揺れる受話器を掬い取った。それを筐体の側面に掛け直してやるのと、背後で扉が閉まるのが同時だった。
「呼んで」
右耳の近くで大きく聞こえた。
魁は顔をしかめて辺りを見た。
が、女の姿はない。ボックスの中にも外にも。腹でもきつく締めているような、妙に引き攣れた女の声が聞こえるだけだ。
「呼んで」
「……何を?」
「呼んで。お母さん。お父さん、呼んで」
「どいつもこいつも……。もう寝てんだろ」
「お母さん呼んで」
姿がないのに耳元で声が聞こえるというのは、思えば電話しているのと同じ状況である。が、それよりよほどはっきりと聞こえる。
「電話しろってことか? お前んち電話あんのか? あったとしても知らねぇよ番号」
不満げに受話器を取る。
と、突然、それとは反対の腕がグイと大きく持ち上がった。
「うおっ……」
不格好に広げたままの大きい右手。その人差し指がガツガツと筐体を突いている。
右上に丸いダイヤルがあった。そこに到達すると、魁の意思と全く関わりなく、知らない番号をジャコジャコ入れていく。
「気持ち悪ぃなお前! 口で言えばいいだろ!」
悪態を吐いているうちに回し終わってしまった。自由を取り戻した右手を忌々しげに振る。
と、その時だった。左耳に当てた受話器から弱々しい応答が聞こえてきた。
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