21人が本棚に入れています
本棚に追加
その時、前方に珍しく対向車のライトが瞬いた。
道の真ん中をふらふらと、それもとんでもない速度で向かってくる。
魁は警笛を鳴らすのを忘れた。だが、手元が狂うことはなかった。対向車が大きく右によろけた機を逃さず、ハンドルを切って躱し、アクセルを踏み込んで走り抜ける。
京作が窓に頭をぶつける音がした。
「あれ? 鈍臭ぇな親分」
「米中君はこんな運転しなかったからね……。やれやれ、早く君のハンドル捌きに慣れなくちゃな」
「……なんで俺、米中が死んだって忘れてたのかな」
「まあ、彼は実家に帰っていたし……君は知らせを受けただけで、死に顔も見ていないから、実感が湧かないのかもね」
「親分は通夜行ったんだっけ」
「ああ。ゆっくり休めって言っておいた。君も来ればよかったのに」
「いや、けど……米中の家、堅気だろ。親分はともかく、こんな顔したデケェ奴がいきなり来たら驚くだろ? だから、墓に納まってから会いに行こうと思ってて……」
「でも、行くべきだったね」
「……怒ってんのかな。だから出てきて、あんな訳わかんねぇこと言ってきたのかな……」
「知らないよ、幽霊の考えてることなんて」
「……」
「……僕も身に覚えがある。生前とても善良だった人が、幽霊となると、何故か僕達を危険な道へ導こうとする……何も変わらない穏やかな笑顔、優しく爽やかな口調のままで……」
「……親分?」
「身近な人が死んでしまったら、化けて出られる前に、さっさと一方的にお別れを言うといい。知人の幽霊を見たくなければ、それがコツだよ、魁君。……」
魁は物珍しそうに後写鏡を眺めた。
京作はぼんやりと空を見上げていた。春の月に透かされた雲が、淡い紫色の光を帯びている。
最初のコメントを投稿しよう!