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「……」
ドアに備え付けられたハンドルを掴み、グリグリと回す。
そうして窓ガラスを下ろしてしまうと、車体を揺らしながら上体を捻った。右の助手席に置いていたものを手に取ってから、左の窓に向き直り、生暖かい夜の中にぐいと顔を突っ込んだ。
「なあ」
と声をかけた。
暗闇からは何も返ってこない。
「なあ」
もう一度言いつつ、更に体ごと寄り、今度は窓枠にもたれかかる形になった。
「なあ」
「――呼んでー」
畑の方から、幼子の、本当に微かな声が聞こえた。
腕に顎を乗せたまま、魁は口を引き結んだ。目を大きく開き、姿のないものを見つめている。
じっと耳を澄ませば、また聞こえてきた。
「……呼んでー」
「……呼んでー」
「お父さん、呼んでー」
「お母さん、呼んでー」
こういうことを言っているらしい。
「……なんで?」
魁は無表情のまま首を傾げた。
「なんで俺にンなこと言うんだよ? 呼べねぇし」
「呼んでー」
「知らねぇもん。お前らの親なんて」
「×××××……」
唐突に大きく聞こえた。ほとんど顔の前からだ。
姿もないというのに。
可憐な声のまま、うねる風のようによくわからないことを言っている。
舌っ足らずながら、日本語であるのはわかる。それなのに、意味を理解することができない。例えるなら、ラジオの周波数のなかなか合わないが如く、向こうの言葉と魁の鼓膜とが噛み合わないようなのだ。
それでも、眉を顰めて聞き続けた。
で、ようやっと、「どうもこの辺りの住所をひとつ諳んじているらしい」とわかった。
両親を呼べという謎の要求と合わせて考えれば、そこに彼らがいる……つまりこれは、姉妹の住所なのだということが予想できた。
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