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しかし、と眉間の皺を深くする。
「ンな事言われても」
「呼んでー」
「いや、呼べねぇよ。こんな時間だぞ。もう寝てんだろ」
「呼んでー」
「農作業して、夜は疲れてんだろ。いいのかよ? 叩き起こすことになっても」
「――」
と、声はまた不意に遠のき、糸のように細くなる。
魁は続けた。
「会いてぇなら、明るいうちにここ来れば?」
「――」
「あと、住所言えてるし、家はわかんだろ? 夜はそっち行ったらいいだろ。こんなとこでフラフラ遊んでねぇで」
「――呼んでー」
「いやだから無理だって言ってんじゃん。うーん……幽霊ってあんま話通じねぇのかな……」
急に諦めたような、あるいは興味の失せたような目をして、ハンドルを回し窓を引き上げてしまった。
が、今度はドアごと開け放った。
畦道の縁に下り立ち、白シャツの大きな背中を丸めてしゃがみ込む。
ポンと畑の土に置かれたのは、薄い紙袋が二枚。彼の好物で、団扇ほども大きい醤油煎餅が入っている。
「これ、やるわ。供え物な。お前らのだから。好きにしろよ」
手を合わせるでもなく、宙に向かって無造作に言い放つ。
返事はなかった。
立ち上がる。
ぬるい空気が体に纏わり付いていた。浮かんだ汗で鼻の下がこそばゆく、指で掻いて、それでようやく咥えたままだった煙草のことを思い出したようだ。
マッチで火を点けて、何も見えない中でゆったりと吸った。
気が済むと、革靴の底で揉み消し、また運転席に戻っていった。
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