ライス・ロード 一

3/3
前へ
/14ページ
次へ
 しかし、と眉間の皺を深くする。 「ンな事言われても」 「呼んでー」 「いや、呼べねぇよ。こんな時間だぞ。もう寝てんだろ」 「呼んでー」 「農作業して、夜は疲れてんだろ。いいのかよ? 叩き起こすことになっても」 「――」  と、声はまた不意に遠のき、糸のように細くなる。  魁は続けた。 「会いてぇなら、明るいうちにここ来れば?」 「――」 「あと、住所言えてるし、家はわかんだろ? 夜はそっち行ったらいいだろ。こんなとこでフラフラ遊んでねぇで」 「――呼んでー」 「いやだから無理だって言ってんじゃん。うーん……幽霊ってあんま話通じねぇのかな……」  急に諦めたような、あるいは興味の失せたような目をして、ハンドルを回し窓を引き上げてしまった。  が、今度はドアごと開け放った。  畦道の縁に下り立ち、白シャツの大きな背中を丸めてしゃがみ込む。  ポンと畑の土に置かれたのは、薄い紙袋が二枚。彼の好物で、団扇ほども大きい醤油煎餅が入っている。 「これ、やるわ。供え物な。お前らのだから。好きにしろよ」  手を合わせるでもなく、宙に向かって無造作に言い放つ。  返事はなかった。  立ち上がる。  ぬるい空気が体に(まと)わり付いていた。浮かんだ汗で鼻の下がこそばゆく、指で掻いて、それでようやく咥えたままだった煙草のことを思い出したようだ。  マッチで火を点けて、何も見えない中でゆったりと吸った。  気が済むと、革靴の底で揉み消し、また運転席に戻っていった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加