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「お時間を割いて頂き感謝申し上げます、叔母上。昨日は取り乱して申し訳ありませんでした。一晩頭を冷やした上で関係各所に根回しを。つまり、父上に話をする時間も頂けたことで、だいぶ落ち着きました」
翌日。
奥宮の廊下の一角。
ドーム型の天井の下、床から壁一面の窓が半円を描いて庭にせりだしたそこには、ソファやテーブルが置かれており、気軽な歓談のスペースが設けられている。イライザとアレクシスはソファに並んで座り、体を傾けて向かい合っていた。
気軽とはいえ、王族たちの私的空間であるだけに、利用する者はきわめて限られている。廊下を行き交う者さえ、滅多にいない。二人それぞれに付き従ってきた侍女や従僕が控えているくらいであるが、それもお茶の準備が整ったところでアレクシスたっての願いで退去を促され、今は二人だけ。
いつになく麗々しく完璧な笑みを湛えたアレクシスは、完全に辺りから人の気配がなくなったところで、イライザにそう切り出してきた。
(根回し?)
奇妙なことを言われた気がしたが、イライザは落ち着き払った態度を崩さぬよう注意を払い、アレクシスを見上げる。
「こちらこそ、いつもありがとう。思えば、初めて会ってからもう十年。私はあなたに頼り切って生きてきてしまいました。今日まで本当に、お世話になりました。あなたの親愛と友情にはいくら感謝してもしきれません」
居住まいを正し、アレクシスの黒瑪瑙の瞳を見つめて告げた。
アレクシスもまた、背筋を伸ばしてイライザをまっすぐに見つめると、唇に微笑を浮かべた。
「それでは、まるで別れの挨拶ですよ、叔母上」
「ええ。私は縁談を前向きに考えています。あなたに関しては、私の都合でずっと縛り続けてきてしまい、申し訳なく」
「なるほど。つまり叔母上は、ここで体よく私を捨てることに思い至ったわけですか」
イライザは眉をひそめた。アレクシスらしくない、意地悪で露悪的な物言い。どことなく追い詰められるような感覚があって、寂寥感に胸を痛めながらも、イライザはきっぱりと言い切った。
「私があなたを捨てることなどありえません。捨てるのはあなたです。私のことなどさっさと手放してしまってください」
「嫌です」
「どうして」
即座に言い返され、イライザは思わず前のめりになりかけた。嫌、などと。子どものように。
苛立ちを見透かしたように、アレクシスは笑顔で続けた。
「『それがあなたの為』だなんて、言わないでくださいね、叔母上。何が私のためになるかは、私自身が判断します。たとえ叔母上とはいえ、私にご自身のお考えを押し付けられるとは思わないように」
今日のアレクシスはとことん、ひねくれている。そう怯みかけて、思い直す。
(アレクはもともと、こういう強情な性格なのだわ。譲らないときは何人にも譲らない。納得しないことには徹底抗戦。その強靭な意志が私をあの環境から救い出し、いまの身分を保証した。この芯の強さに、私は守られてきた)
甥離れなどと安易に考えてしまった自分を恥じる。やはり彼はイライザにとって頼りにしてきた相手であり、イライザが自立するにあたっては越えなければならない壁なのだ。
わかったわアレク、とイライザは膝の上で揃えた手を拳として握りしめる。
負けてなどいられない。こんな素敵な彼だからこそ、自分から解放してあげなければ。なんとしてでも。
「あなたと私は本来、血の繋がりもなにもない、他人です。甥と叔母ではありません。今こそ私は、その関係を解消すべきだと思っています」
「……良いんですか、それで」
「ええ。もとより、私の身分が『王妹』として保証されるのは、成人して自立するまでの間だったはず。そのときはもうすぐ目の前まで迫っています。あなたは臣籍降下して王室を離れて生きていくと言いますが、私も王宮を出ます。だからアレクはもう、私を気にする必要はないの。自由よ」
不意に、アレクシスは天窓をあおぐような仕草をした。「自由……」とひそやかに呟いてから、熱っぽい息を吐きだす。
「もう甥と叔母ではないと……、あなたがそれを認めてくれると言うのなら。俺もまた、今こそ手放しましょう。これまですがってきた繋がりと、枷を」
「すがってきた?」
少し、口調が崩れた。慇懃さが薄れて、普段のアレクシスの青年らしい一面がのぞく。つられたようにイライザは何気なく聞き返してしまった。
アレクシスは瞳を輝かせて、イライザを見つめてきた。目が合ったその瞬間、得も言われぬ感覚に息を止められる。射すくめるような獰猛さと、溢れ出る奔流のような感情の渦。その強さ。
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