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人のぬくもりがこんなにも温かいことを忘れていた。
王子の手から私の頬に伝わるそのあたたかさは、父と母が生きていた時に何度も感じたもの。
そのぬくもりを一瞬で無くし、数ヶ月。
私は忘れてしまっていた。
自然と涙が頬を伝う。
溢れ出る雫は王子の手を、私のドレスを濡らす。
その後、王子との婚約が正式なものになったことを数日後に知る事になる。
私の気持ちなんてどうでも良かったのに、今では王子との婚約が嬉しくて仕方がない。
だがそれも、婚約をして王子と一緒になってから一転する。
共に生活をするようになったある日の夜。
私達は初めて夜を共にした。
優しい口づけに幸せが溢れる。
王子と出会ったあの日から、悪夢にうなされることもなくなっていた私は忘れてしまっていた。
あの夜の日の出来事を――。
「姫……」
耳元で囁かれた声に、私は一気に血の気が引き王子から離れる。
ベッドからおりて後ずさる私は、いろんな感情で心と頭がぐちゃぐちゃだ。
忘れてしまっていたあの夜のこと。
でも、この声を私は忘れてはいない。
「どうやら気づかれてしまったようですね」
「やはり、アナタが私の父と母を……」
幸せすぎて気づけなかった。
囁かれた声はいつもと違い低くて、普段と違う王子の声に私は気づいてしまった。
知りたくなかった。
忘れてしまいたかったあの日を。
「何故あの日、私の父と母を殺したのですか。何故……私を殺さなかったのですか」
いっそ私も殺してくれたなら、こんな辛い思いをして生きなくても良かったのに。
私は生き延びてしまった。
だから今からでも殺してほしい。
目の前のこの人が父と母を殺した。
でも、あのとき声を出さなかった考えなしの私も同罪。
「殺して……殺してください! 私はあの夜殺されるべきだったんです」
死への恐怖なんてない。
私は罪を犯し、父と母を殺した男と結婚するという更なる罪まで犯した。
もう生きてたって仕方がない。
王子に感じたあのあたたかさも全ては幻。
ここにいるのは王子と姫なんかじゃなく、犯罪者。
「私はアナタを殺せなかったんです。それはアナタと一緒になることで更に膨れ上がりました」
「それはどういう、っ!」
唇が重なる。
腕の中のぬくもりが私を包む。
私は更なる罪を犯そうとしている。
いえ、すでにもう手遅れだ。
私は自分と同じ犯罪者を愛している。
このぬくもりから逃れることなどできるはずがない。
アナタも同じだったのだろう。
お互いに惹かれてしまった。
瞼を閉じて体を委ねる。
アナタを愛し、私を愛する二人の犯罪者。
落ちるところまで落ちよう。
罪深き二人にお似合いの結末を――。
─end─
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