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6
もう、どうなってもいい。もうこの絵は塗り潰す。
そんな気持ちだった。
「俺は!あんたを見たいし、見たくないんだよ。どっちじゃねぇんだよ。ああそうだよ、あんたは俺の理想的なモデルだよ。めちゃくちゃ綺麗だと思うし、すげぇ好きなんだよ。だから!だから見ると描きたいし、触りたくなる。正直なところ今は触りたいの方が強いんだよ。だから俺の前をウロウロすんなよ!早くいなくなってくれよ!」
一気にそこまで言った。息が荒くて肩が揺れる。
後は先輩が出ていけば、この破壊工作は完成だ。
いっそ清々しいくらいだ。
弄り回して何とか修正しようとかしてないで、破り捨てた方がいい絵だってあるんだ。
早く出て行ってくれと思いながら足元を見ていた。
なのに先輩の足が動かない。
何で出て行かないんだよ。
どうしていつまでも俺の前にいるんだよ。
さっきの清々しさは消え去って、急速にイライラしてきた。
俺の方を向いているつま先。上まで辿ると、綺麗な瞳と目が合った。
その目元が、頬が…赤い?
耳も、ほんのりとコーラルレッドに染まっている。
ぎゅっと噛んだ薄塗りのピンクマダーの唇。
その唇が、開く。
「…それは…お前に触られてもいいなら、いなくならなくてもいい…って事?」
「…え?」
言われた意味が分からない。頭の中に入ってこない。
呆然と先輩を見ていると、一歩前に出た先輩に腕を掴まれた。
「な…」
「ほら」
そう言って、先輩は俺の手を自分の頬に触れさせた。
指先に感じる滑らかな感触。恐る恐る指で辿る、シャープな頬のライン。
細い顎。
どくどくと心臓が爆ぜている。
「なん…で…?」
触れながら、目の前の作り物のような顔を見た。
目元を朱に染めた先輩が俺を見返してくる。
目の色はバーントシェンナ。吸い込まれそうだ。
「お前、オレが3年だって分かってる?」
「…そりゃあ…」
また何を言い出すんだろう、この人は。
「3年は、来なくていいわけ。もう、学校に。なのに何でオレが来てたのかぐらい分かれよ」
睨みつけてくるのに、目が潤んでるからちっとも怖くない。
歪んだ口元と、顎にできたシワが可愛い。
頬を撫でていた手で、髪に触れてみた。
思っていた通りの柔らかい感触と、小さい頭。
引き寄せると何の抵抗もなく俺の腕の中に収まった。
先輩の腕が俺の背中に回るのを感じて体温が上がる。
「好きです、先輩」
ずっと誤魔化してきた気持ちを、言葉にのせる。
触れたくて堪らなかった存在が、腕の中にいる。
「……うん…、オレも……」
聞き取れるか聞き取れないか、ギリギリの掠れた声に心拍が上がった。
やたらと喉が渇いてきて細い身体を抱きしめる。
「なあ」
腕の中の先輩の声が、心なしか甘い。
「鍵、かけて来いよ」
呼吸が、上手くできない。
身体の動きが、ぎこちない。
脳がバグを起こしている。
「ほら」
背中をぽんと叩かれて、びくりと身体が跳ねた。
そろりと腕を解き、先輩の顔を見た。
いつもは白い肌が、今はシェルピンク。
一歩後ろに下がる。
美術室のスライドドアが目に入った。
俺は弾かれたように、ドアに向かってもつれる足で駆け出した。
了
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