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あれらの絵を描いていたのはこいつだったのか。
不思議な気分だった。オレは何年もの間、こいつの絵と名前を見てきた。
毎年どんどん上手くなる。こいつの絵の大胆さと繊細さのバランスがオレは好きだった。
なのにやっぱり人物だけはいまいち、というか描きたくなさそうな、不本意そうなものを感じていた。
部活が始まって、週に一度のクロッキーの時間。
そいつはやっぱり嫌そうな顔をして、気乗りしないという風に緩慢に鉛筆を動かしていた。嫌だけど、1年だしサボる訳にもいかないし、という感じ。
なんでかなあ。静物デッサン、めっちゃ上手いのに。
そう思ってた。
次の週、モデルをやる事になった。1、2年の時も、中学の時もよく頼まれてモデルになった。だから、皆が一斉に自分を見る圧にも慣れていた。
クロッキーは1ポーズ10分。立ちポーズでいいか、と思いながら、そういえばあいつは今日もちゃんと来てんのかな、と思って美術室を見渡した。
またあのやる気なさそうな感じで描くんだろうな、なんて思いながら。
でも。
オレを中心にして並べられたイーゼルのうちの一つの向こう側。明らかに前回と違う目をしたあいつがいた。
オレが自己紹介で立った時と同じ顔。
そして部長の「始めるぞ」の声がかかって、とりあえずオレは腰に手を当てたポーズをとった。
スケッチブックに向かうあいつの様子が、前回と全然違う。
眼の圧がハンパなく強い。
鉛筆のスピードが、静物の時と同じように迷いなく速くて、どうしたんだと思った。
その様子を呆然と見ている間に、10分はあっという間に過ぎていった。
その後も、あいつはオレがモデルの時だけは熱心にクロッキーに取り組んでいた。
こいつ、どういうつもりなんだ?
美術室にいる間、ちらちらとオレを見ている時もあったけれど、別に話しかけてきたりはしない。あくまでも見るだけ。というか、見て描くだけだ。
ちらっと見えたオレを描いたクロッキーは、それまでのあいつの描いた人物とは全く違っていた。
やっぱりちゃんと描けば上手いんじゃん、あいつ。
そうか、あいつにとってオレは、気に入ったモデル、という事か。
良い素材を見つけた、という訳だ。
納得して、気が抜けた。
なーんだ。
…って、あれ?
なーんだ、って…なんだ?
オレはあいつにどう思われていたかったんだ?
…やめよう。
考えない、考えない。ここは掘ってもいいものは出ない。
そう思うのに、一度引っ掛かってしまうと気付かなかったふりなんてできなかった。
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