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3
「今日はデッサンにしよう」
部長がそう言って「モデルよろしくな」と肩を叩いてきた。
まあ、いいけど、と思いながら、美術室の中央に椅子を運んだ。休憩があるとは言え2時間も立ちポーズは嫌だ。
あいつがどこで描こうとしているのか、無意識に探している自分に気付いて唇を噛んだ。
あいつはオレの外側だけが好きなんだ。
そう思うとムカついた。
自分があいつにどう思われたいのか、あいつをどう思っているのか、はっきり言葉にしないだけでもう形は見えていた。
今日はどんな顔してオレを描くんだよ。
そう思って、あいつの方を真っ直ぐ向いて座ってやった。
そんなにオレの見た目が好きなら真正面から描いてみろ。
椅子に横向きに座って、背もたれに肘をかけて頬杖をつき、脚を組んだ。
いつもと同じ真剣な強い眼で、無遠慮にオレを見つめながら鉛筆を滑らせていたあいつの動きが、不意に止まった。
そして目を見開いてオレを見た。
目が合ったのはほんの数秒。
あいつの目元に朱が刺した。
思わず息を飲む。
あいつは慌てた様子で目を伏せた。
あれからあいつはオレの顔を見ない。見ないようにしてるんだと思う。
クロッキーの時も熱心に描いてはいるけれど顔は見ない。
ムカついて背中を向けると、後ろから刺すような視線を感じた。
こいつはどういうつもりでオレを見て、見ないでいるんだろう。
気になって仕方なかった。
卒業まで、もうそんなに長くない。秋になって部活を引退しても「モデルになってやるよ」とか言って、しょっちゅう顔を出した。幸い皆ありがたがってくれて助かった。
あいつだけは嫌そうな顔をしていた。
それでもオレは部活に行った。3年が自由登校になっても、外せない用事がなければ放課後だけわざわざ行った。
あいつに会いたかったから。
煙たがられても顔が見たかったから。
でもあいつは不機嫌に目を逸らす。
卒業したら、会えなくなるのに。
卒業まで、あと10日。
土日を省けば、あと8日。
それだけ経てば、本当にここにオレの居場所はなくなってしまう。
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