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死にたくなった夜
「死神だよ 私」
彼女は美しかった。
夏の夜に似合わない、冷たすぎる風。
ぶわっとロングヘアーをかきあげると、血色が薄い口元がにこっと笑うのが見える。その風は、冷や汗をかいた足元をどこかへ追い立てるように私にも吹いてきた。
「・・・死神・・・ですか。」
「うん。死神だよ。」
「・・・殺してくれたりしますか?」
騒々しい車のクラクションに押しつぶされそうな声で僅か懇願する。
「うーん。殺すだけが私の仕事じゃないからなぁ。」
ワルツを踊るように軽く、彼女はコンクリート床へ降り立った。
「どうして死にたいの?」
答えられない。
答えたくない。
答えてしまったら、また怖気づいてしまう気がしたから。
一人で迷う私の頬に、ヒヤッと自己主張の強い指がふれる。
「ただ殺すだけなら人間だってできるでしょ?私は仕事でやってるの。だからテキトウに殺してたらペナルティーがあるから。ちゃんとした魂だけ持っていくの。」
ちゃんとした魂 という言葉が胸にドサリと刺さる。
高所から飛び降りれば簡単に死ねると思ってたし、そう時間はかからないと思ってたし、何よりこんな人生に一秒でも早く別れを告げたかった。
無人ビルを選んだ自分をことごとく呪った。
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