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行為
リンデルは一瞬で状況を把握する。
魔物の数は膨大だった。
こんなにたくさんの魔物に囲まれて、ロッソは一人きりで戦っていたのかと思うとゾッとする。
「ロッソ、虫を狙え!」
リンデルの鋭い声に応えるように、傷だらけの従者は赤い雫と共に腕を振った。
選択肢は一つしかなかった。
「カースごめん! 本当に、っごめん……っっ」
無理を強いる自身への痛烈な自責を浴びながら、リンデルは奥歯を噛み締める。
「分かってる。お前が飛び出さなきゃ上出来だよ」
カースは笑うと、リンデルの頭をポンと撫で、前へ出た。
それはカースにとって最後の術となった。
蠱惑的に煌めく紫色に、たくさんの魔物が魅入られる。
まるで、美しいその人に見惚れるように。
術の完了とともに、カースの視界は真っ赤に染まった。
よく持った方だ。とカースは思った。
リンデルを守り切れた自身の眼を誇りながら、カースは膝を付いた。
この隙に剣を取っていたリンデルが、傷だらけのロッソを鼓舞しつつ、まだ向かってくる魔物へ剣を振り下ろす。
魔物は数が多く、後方で術にかかりきらなかったものも多く残っていた。
リンデルは、今朝よりずっと自由に動く肢体に支えられ、身軽に動き回った。
これも、カースのおかげだと、彼への感謝で胸をいっぱいにして。
なんとか魔物を生活範囲から追い出して、戻ったリンデルが目にしたのは、そのための犠牲だった。
息も絶え絶えに左眼から鮮血を溢す男が、地に横たわったまま、腕を伸ばして今にも泣き出しそうなケルトを宥めていた。
あとは任せた。と視線で告げて、男は目を閉じる。
カースに縋りつきたい気持ちを堪えて、リンデルはケルトの髪を撫でた。
ケルトは「俺は、大丈夫だから……カースを……」と滲んだ声で言った。
ロッソは自身の傷もそのままに、カースの手当てをした。
カースの浅い息が止まらないでくれることを、ただ皆が願った。
「主人様……申し訳ありません。私が勝手な行動を取ったばかりに……」
ロッソはこの事態を自分のせいだと思っていた。
けれど、リンデルも自分のせいだと思っていたし、ケルトだってそう思っていた。
「いや、ロッソはよく働いてくれたよ。俺達を守ってくれて、本当にありがとう。……今夜はゆっくり休んで……」
ロッソは俯いたまま、悔しそうに「はい」とだけ答えた。
その晩は皆、洞穴の中で休んだ。
ケルトは洞穴の中ほどに寝かされたカースの隣で横になった。
触れることを躊躇っていたケルトに、リンデルは眠る男の手を差し出した。
ケルトはその手を大事そうに胸元に抱き締めて、丸くなるように眠っていた。
カースは、穢れに当てられて倒れたわけではない。
術の使い過ぎで倒れてしまったのだと、分かっていても、リンデルは眠る男に触れるのをやめられなかった。
カースの髪をそっと撫でながら、これはただ、自分の不安を宥めようとしているだけなのだと気付く。
カースは、自分の求めに答えて、力の限り尽くしてくれた。
洞穴の隅で眠るロッソを見る。
彼も、あれだけの数の魔物を相手に、ひたすら動き回り、威嚇を繰り返し、俺達に近付けないよう命懸けで守ってくれた。
皆それぞれの出来ることで、全力で、俺に応えてくれた。
それなのに、俺はまだ自分がするべきことを成せていない。
彼を救うため、愛を注ぐために、ここへきたはずなのに……。
そう思いながら、カースの隣で眠るケルトを見る。
ケルトは、人恋しそうに、眠るカースの手を抱きしめて眠っていた。
ひとときも離したくない、そんな様子で。
カースの腕に頬を寄せて。
まるで、あの頃の自分のようだと、リンデルは思った。
………………ああ、そうか。
……そうだったのか……。
リンデルはようやく理解する。
彼は寂しかった。
人に、触れたかった。
人に愛されたかった。
それを為せる行為を、リンデルは一つだけ知っていた。
どうして気付かなかったのだろう。
彼の見た目がそれを気付かぬようにさせていたのか……?
けれど、リンデルは彼よりももっと幼い頃にそれを知っていた。
カースが教えてくれた。
優しく、愛を持って触れ合うことを。
その、幸せを……。
リンデルは辺りの気配を探る。
森は静かで、魔物の気配はおろか、生き物の気配すらなかった。
きっと、周囲の生き物は、さっきの騒ぎで根こそぎ魔物化してしまったのだろう。
眠るケルトに指を伸ばしかけて、ほんの少し躊躇う。
起きるのを待ってからが良いだろうか。
けれど、こういうことは、明るい日の下ではなく、こんな静かな夜にこそふさわしい気がした。
目を覚まさないようなら、明日にしよう。
そう決めると、リンデルはケルトの頬を優しく撫でて、囁いた。
「ケルト、俺と……」
そこでリンデルは言葉に悩む。
『えっちなこと』がしたいわけではない。
カースはあの日何て言ったっけ。
そうだ……。
「俺と、気持ちいいコト、しよう?」
リンデルの言葉に、ケルトはゆっくりと目を開く。
「ん……? リンデル……?」
まだぼんやりと目を瞬かせながらも、淡い緑色がリンデルの姿を映そうとしている。
夜中に起こされてもなお、その瞳には、信頼の色があった。
きっと、やっと見つけたこの方法も、出会ってすぐではダメだったんだろう。
カースとロッソが時間を作ってくれたからこそ準備ができた『とっておき』だったのだと、リンデルは思った。
「ケルト、おいで」
リンデルが膝の上へ少年を呼ぶ。
「んー……? ……こんな夜中に、どうしたんだよ……」
実際は、少年が言うほど夜は更けていなかったが、寝ていたところを起こされて、まだカースもロッソも寝ている状態を見たケルトはそう思ったのだろう。
文句を言いながらも、ペタペタと這ってきて、ケルトは素直にリンデルの膝の上におさまった。
「ふふ、可愛いね」
リンデルはそんなケルトを愛しく思う。
「はぁ? 子供扱いすんなよな……」
「うん、しない。……もう、子供扱いはしないよ」
「?」
意思のこもった言葉に、ケルトはリンデルを見上げる。
そこには、ケルトを一人の人として、真摯に見つめる瞳があった。
「ケルト……キスしていい?」
「……は?」
ケルトに唖然と聞き返されて、リンデルがもう一度尋ねる。
「ケルトに、キスしてもいいかな?」
「きっ、聞こえなかったわけじゃ、ねぇよっ」
ケルトは真っ赤になって俯く。
「じゃあ、答えは……?」
リンデルは、その長い指で俯いたケルトの顎をそっと捕らえると、優しくこちらへ向けた。
金の双眸に真っ直ぐに見つめられて、ケルトは頬を染める。
目を逸らそうと思っても、何故かできなかった。
「ダメ……?」
リンデルの瞳が悲しげに曇って、少年は慌てて答えた。
「だっ、ダメじゃ、ない……」
その返事に、リンデルは金の瞳をゆるりと細め、ゆっくりと顔を近付ける。
そっとリンデルの唇がケルトに触れて、ケルトは肩を揺らした。
あたたかい。とケルトは思う。
ほんの僅かに触れる唇ですら、リンデルはあたたかかった。
「……もっと、してもいい?」
そっと離した唇から、息を吐くようにしてリンデルは問う。
少年は、小さく頷いた。
リンデルの唇がケルトに触れる。
そっと、優しく。
次第に深く。
リンデルが舌先で少年の唇の形を確かめるようにゆっくりなぞると、少年はじわりとその唇を開いた。
侵入しようとして、リンデルはまた尋ねる。
「舌を入れてもいい?」
途端、真っ赤になった少年が「いっ、いちいち聞くなっっ!!」と喚いた。
「だって、ちゃんと聞いてからにするって、最初の日に約束したから」
リンデルに真面目な顔で返されて、ケルトは頭を抱えたくなった。
「もーいーよ! リンデルになら、なんでも許すから! もう聞くな!!」
リンデルがキョトンとした顔をして、それから、いつの間にか差し込んできた月光の照り返しを受けて、妖艶に微笑んだ。
「ふふふ。なんでも……、ね?」
ケルトは、その艶やかさに息をのむ。
リンデルの笑顔はもう沢山見ていたのに、こんな風に笑う顔を見たのは、初めてだった。
長い指にそっと頬を撫でられて、ケルトはびくりと肩を揺らす。
リンデルはケルトの耳をペロリと舐める。
「っ!?」
また肩を揺らすケルトに、リンデルはそのまま耳元で囁いた。
「心配しないで……? 優しく、するからね……」
「なっ……ん、んんっ」
一体何をするのかと尋ねようとした唇を、リンデルに塞がれる。
リンデルは、喋ろうとして開かれた口を覆うと、口内へ易々と侵入する。
「ぅ、むっ……っ、んんん」
まだケルトが何か言おうとしていたその舌を、リンデルの舌が絡め取った。
小さいな、とリンデルは思う。
舌も、口も、リンデルの知っているそれよりもずっとずっと小さい。
こんなに、小さかったんだ……。
リンデルの舌は、少年の口に全部入りそうにない。
それでも、少年はいっぱいいっぱいという風で、息を荒げ始めていた。
そっと、そうっと、少年の口の中を舌先で撫でる。
「ふ……ぅ……っ、ぅん……っ」
それだけで、少年の口端から飲み込みきれずに雫が零れた。
唇を離せば、少年は顔を真っ赤に染め、涙の浮かんだ淡い緑の瞳でリンデルを見上げる。
「おま……え……、何を……っ」
はあっと荒く息を吐く少年に尋ねられて、リンデルはもう一度微笑んだ。
「俺と、気持ちいいコトしよう……?」
「!?」
ちゅ。と音を立ててリンデルは少年の首筋へ口付ける。
びくりと肩を揺らしながらも、ケルトは必死で問いかける。
「お前っ、カースのっ、恋人なんじゃ、ねーのかよっ!」
リンデルは、ケルトの首筋に唇を落としつつ、嬉しそうな声で答える。
「そうかな……? うん。きっとそうだね……。ふふふ」
『恋人』という響きは、新鮮でなんだかくすぐったかった。
「じゃあこんなっ、う、浮気みたいなこと、すんなよっ!」
「それは違うよ……?」
ふわりと返されて、ケルトが戸惑う。
「ケルトのことも、本気だよ?」
「よ、余計悪いわぁぁぁぁぁっ!!」
ケルトの叫びに、ピクリ。と男の指が動いた気がした。
リンデルは、男の無事を祈りながら、ケルトの鎖骨に舌を這わせる。
体温のないケルトの肌は、今まで、どこを触れてもひんやりしていた。
それが今、確かにほんの少しあたたかくなっている、とリンデルは感じていた。
リンデルは少年の服の中へと手を差し込むと、それをスポンと抜き取った。
「わぁぁぁぁっ」
両腕で自身を抱き締めるようにして前を隠すケルトが、なんだかとても可愛くて、リンデルはまた口付ける。
「ケルト、可愛いよ」
「なっ、んっっ……っ。ん……っ、ぅんん……」
文句を言おうとしたケルトがまた口を塞がれる。
何度も何度も、角度を変えて唇を重ねるうちに、恥ずかしさと緊張で強張っていた細い体から力が抜けてゆく。
「ふ……、ぁ……、っ、……ぅん……、んっ」
その口内を優しく撫で上げ、そっと吸ってみると、ケルトはゾクゾクとその小さな背を震わせた。
「ぅ……ん……」
そしてまた少しだけ、その肌はあたたかみを増したようだった。
ようやく唇を離すと、ケルトは蕩けそうな表情で、はぁはぁと息を漏らしていた。
リンデルは膝を立て、軽い少年の体を持ち上げるようにすると、その露わになった肌へ舌を這わせる。
小さな肩は掌の中にすっぽりと入ってもなお余るほどで、その薄い胸板の小さな突起は、片手で左右を同時に撫でる事が出来た。
「ぁっ……、な、ん……っだ……これ……っっ」
突起を優しく撫で回し、立ち上がったところをくにくにと捏ねるように転がすと、ケルトは生まれて初めての刺激に戸惑いを見せていた。
「ふ、あ……あっっ」
びくりと腰が浮いて、ケルトの瞳が滲む。
同時にその肩の輪郭がぼやけて、リンデルが一瞬焦る。
胸を刺激していた手を離そうかと迷った瞬間、滲んだ肩をカースが撫でた。
「カースっ」
リンデルの嬉しそうな声に、ケルトがようやく肩を撫でてくれたのがカースだと気付いた。
「……カース……」
「怖がらせてどうする……」
ため息を吐くように指摘され、リンデルがシュンと反省する。
カースはケルトの怖れが落ち着いたのを見ると、俯きかけるリンデルの髪をポンと撫でリンデルと向き合うように腰を下ろした。
「ま。お前も最初はそうだったよ……」
カースが懐かしそうに森色の瞳を細めて、今も変わらない金色の髪を眺める。
カースの左眼は、まだ包帯の下に隠されていた。
「カースっ、身体は大丈夫か?」
ケルトがリンデルの上でぐいと体を捻って、カースの顔を見ようとする。
「まあな」と言葉よりも優しい声で答えたカースが、その口端をくいと持ち上げた。
「お前は、また随分と可愛い顔になってんじゃねぇか」
言われて、ケルトはカアっと赤面し、リンデルの膝にぎゅっとしがみつくようにしてその肢体を隠そうとした。
「こ、こ、こ、ここここれはそのののののええと……っっっ」
何に対して何を言い訳したら良いのか分からなくなってしまった少年が、ぐるぐると目を回すのを、リンデルとカースが同時に撫でた。
「当然、俺も交ぜてくれるんだよな?」
男がニッと楽しげに上げた口角から、僅かに八重歯が覗くと、それは途端に不敵で危険な笑みに見える。
「いいよね? ケルト」
反対側からはリンデルがにこりと、清々しいほど清らかに微笑んで、ケルトに同意を求めてくる。
まるで悪魔と天使に挟まれたようで、ケルトはただ頷く他ない。
カースは真っ赤になったケルトの頬を、優しく撫でる。
「俺が起きてきてよかったな。こいつは優しいやつだが、手加減が出来ねぇんだよな」
「えー。そんなことないよ」
「あるだろ」
「ないよ」
「ある」
「ないって」
「お前……、今まで俺が何回やめろっつったの無視したよ」
「ええ? そんなことあったっけ?」
まるきり自覚のない様子で首を傾げるリンデルに、カースががっくりと肩を落とすと、ケルトが声を上げて笑った。
「あれ? 笑われてる?」
「お前がな」
「えっ、カースじゃないの?」
「なんで俺だよ……」
ケラケラと笑い止まないケルトに、二人は目を合わせ、苦笑し合うと、穏やかに少年を見つめた。
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