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コーヒーメーカーの電源を入れる。
冷凍した八枚切りの食パンの1枚を無理やり引きはがし、そのままトースターに突っ込んだ。
いつか何かの景品で当たったケトルで湯を沸かすと、マグカップにコーンスープの素を入れ、スプーンでかき混ぜている間に、焼き終わったトースターと、豆が引き終わったコーヒーメーカーから同時にブザーが鳴る。
「はいはい、待ってねー」
焦げ目の付いたパンを平皿に滑らせながら、カプチーノボタンを押す。
香ばしいパンの匂い。
漂うカプチーノの苦い香り。
いつもの朝。
いつもの軽食。
いつものルーティンが、優華を、大手広告代理店である株式会社ライトハウスの第二営業部主任の萩原優華にしていく。
仕事もそこそこ、彼氏とも順調。
もうすぐ28歳になる、いわゆるちょっとデキる女性。
メーカーから取り出したカプチーノを一口飲みながら、リビングへ向かう。
ローテーブルの上には昨日付箋を貼りまくったプレゼン資料が乗っている。
ワニ口クリップで止められたその書類の束を手に取りソファに腰を沈めた。
大和経済新聞によるモバイルアプリのCMだ。
スマホやタブレットで簡単に経済ニュースをチェックできるアプリで、お堅いイメージの強い大和経済新聞を、若者や女性たちにも身近に感じてほしいというのが狙いらしい。
昨夜入念にチェックはしたが、それでも改善点はないか、見落としはないかと確認する。
こういう企画案は一晩寝かせた方がいいアイディアが浮かぶものだ、と教えてくれたのは、上司の澤田だった。
『このWEB新聞の購読数のデータは、令和に入ってからのものなのか?』
澤田の顔が浮かぶ。
―――これ、令和は令和でも、元年のデータだ。せめて去年のデータはないか確認してみよう。
蛍光ペンでラインを引く。
『面白そうだとは思うんですけどぉ、女性をターゲットにするなら、インパクトとかわいさに欠けるっていうかぁ』
良く言えば感受性豊か、悪く言えばノリと感情だけで発言をする後輩の顔も浮かぶ。
―――イメージキャラクターのスーツの色をもっと華やかにして、バックに花を散らせて華やかにいくか。
赤ペンで付け足す。
これでいいだろうか。
これでちゃんとクライアントが満足してくれる提案になっているだろうか。
視界の端に、バッグからはみ出したノートが映る。
年々厚くなっていくあの呪いのノートが……。
Prrrrrrrrrrrr
Prrrrrrrrrrrr
その時、枕に放り投げたままだったスマートフォンが鳴った。
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