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『なんで既読無視すんのっ!?』 電話口からは、琴音の機嫌の悪い声が聞こえてきた。 「あー、ええと。なんだっけ……」 仕事モードからプライベートモードに切り替えるために、トーストを齧った。 『だから!チケットよ!ブラショコのチケット!』 「……あのねえ。私が勤めてるのは広告代理店なんですけど?芸能事務所でも、制作会社でもなくて、広・告・代・理・店!そんなライブや舞台のチケットなんて工面できないって!」 『――ならなんでそう早く言わないんじゃ、こら …!』 琴音の凄んだ声に笑いながらリビングに戻り、トーストをローテーブルの上の皿に置き、指先を擦ってパンくずをはらった。 『こんの馬鹿ちんが―!そゆとこだぞー?優華が女の子っぽくないって言われんのはー』 琴音はコロコロと変わる声色を器用に操り、昔、テレビドラマで流行った教師を真似た。 『あのね、普通、女子だったら、親友からLINEが来たらすぐ返すの!もっと言えば電話とかくれんの!なのにあんたと来たら……マンネリ彼氏か!』 「マンネリって……」 優華は思わず吹き出した。 『あ!笑ったな?そんなことだと、倉田君にも愛想つかされちゃうんだからねっ』 この言葉にはさすがに笑えなく、優華は口を結んだ。 『……こらこら。ここは笑い飛ばすとこなんですけど?』 さすが20年来の親友。 優華がこぼした空気を敏感に拾い上げると、琴音は声を潜めた。 『やっだー。ちょっとぉ。上手くいってないの?』 「ーー最近、あんまり会ってない……的な?」 優華はトーストを皿に置き、再度指についたパン屑をはらった。 『まあ長く付き合うと、会う頻度も減るとは思うけどさー?』 琴音は宥めるように続けた。 『でもほら!もうすぐ優華の誕生日じゃない?』 ―――いてててて。 優華は電話の向こうに伝わらないように胸を抑えた。 「そうなんだけど……」 壁にかかっているガス屋から貰ったカレンダーを見上げる。 花柄も写真も何もない味気ないカレンダーだが、コンタクトや眼鏡をしなくてもわかるほど数字が大きいので気に入っている。 その中心に5㎜の赤ペンで書いたあまりにさりげない花丸と、「優華28歳」の文字。 その自信無さげな字を見て、優華はため息をついた。 『どうするー?倉田君、サプライズとか準備してたらー?』 優華の重い雰囲気を一掃しようと、琴音がわざとらしいまでに明るい声を出す。 「サプライズねえ……」 『そうよ!もう付き合って6年でしょ?そろそろかもしれないじゃない?』 琴音は尚も明るく言う。 ここで否定してしまったらさらに琴音に気を遣わせると思い、優華は無理に笑った。 「よし。録画しとくか!」 『自分で?キモいって!』 琴音がカラカラと笑う。 今は少しだけ、親友の能天気な明るさと楽観的な考え方に救われた。 『ま、万一、倉田君に仕事が入ったりなんかしたら、大親友の琴音ちゃんがブラショコの映画「血塗られた夜にお前と…」のDVDと、鼻血必至の吸血おやすみボイスCDで癒してあげるよお!』 丁重にお断りして通話を切ると、優華はため息をついた。 サプライズ……。 サプライズか。 LINEの画面を開く。 【ねえねえ。木曜日会える?】 【問題:何の日でしょうか!?】 自分が連投した虚しい文が並んでいて、その下に【既読】の文字が冷たく寄り添っている。 サプライズなんかをしてくれようとしている人間が、既読無視なんてするだろうか。 いや、考えようによっては―――。 「――とんでもないサプライズをされたりして……」 笑えない冗談を呟くと、優華はモビールの回っている天井を仰いだ。
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