第1話 ブルーライト歌舞伎町 あなたを追いかけて

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第1話 ブルーライト歌舞伎町 あなたを追いかけて

『待ってます。流れ流れて歌舞伎町。嗚呼。歌舞伎町。ブルーライト歌舞伎町』 まばらな拍手と遠巻きのヤジの声に、ムード歌謡バンド『サファイアーズ』のボーカリスト 日比谷リトルはウンザリしていた。 今日はハッピーハロウィン。 新宿アルタ前広場の特設ステージ周辺には、所属事務所が手配した焼き鳥屋とたこ焼き屋が並び、そこには行列が出来ているというのに、サファイアーズの曲に耳を傾ける者は見当たらなかった。 リードギターのK、サイドギターのYUKI、ベースのダイ、キーボードのアスカ、ドラムのケントも皆心底疲れていた。 『俺たちはロックバンドなんだ!』 サファイアーズの心の叫びは、事務所の意向で踏みにじられ、ぐちゃぐちゃに揉み消されていた。 若手社長の葛城有以子の方針で、サファイアーズはいつの間にか昭和ノスタルジックバンドとして売り出されたのだ。 歌謡曲を歌う若手バンドは、団塊の世代から注目を浴びた。 その甲斐もあって本日のイベントの後半には、大東京TVの社長とその娘が視察に訪れる運びとなっていた。 ステージ裏で見守る葛城と、バンドのマネジャー愛媛姫子の表情は緊張のせいか強張っていた。 やる気のないケントの。 「いち、にの、さん」 の、掛け声で二曲目に入ろうとするも、ドラムスティックを床に落として再度の仕切り直し。 葛城は姫子に耳打ちした。 「姫ちゃん、あいつら全くやる気なし! ちょっとさあ、社長の好物って何だか知ってる?」 几帳面な姫子はシステム手帳を見ながら言った。 「えっと、下関まるかわのふぐ刺しと、北海道パルのジンギスカンとあります」 「ほかになんかないの?近場で」 姫子はハラリとページをめくりながら言った。 「えっと、先月中学生の娘さんの作文が特選をとってまして、その内容がですね・・・」 「うんうん」 「生まれて初めて食べたさんまが凄く美味しかった。また目黒のサンマ祭りに行きたいです!ってあります」 「そんなんが特選? 裏金か? あ、でもそれでいこう。姫ちゃん買って来て!」 姫子は目をまん丸くした。 間も無く社長親子が訪れるというのに、さんまなんて何処で買えば良いのかもわからなかった。 「あ、あの、何処で買えば?」 「決まってるでしょ!目黒のさんまよ!」 「今からですか?」 「そう! 2時間で戻ってらっしゃい!」 葛城は姫子の背中を押した。 サファイアーズの二曲目が始まった。 言われるがまま、歩き出した姫子の背中に葛城の声が飛ぷ。 「走って走って!」 姫子はズレた眼鏡をもとに戻して。 「よしっ!」 と、気合いを入れて新宿駅改札へと走り出した。 JR新宿駅は、着ぐるみや仮装した人々。 それに、大勢の外国人観光客らでひしめいていた。 姫子が死神やお姫様、ピーマンやゆでたまごに扮した人々の間をくぐり抜けてホームにたどり着いた時、山手線の電車は発車した。 次の到着時間は残り2分。 姫子は山手線に感謝しながら、スマホのサイトで『目黒、さんま、魚屋』と検索した。 『間も無く、電車が到着します』 構内に流れるアナウンス。 姫子はバックから雑誌を取り出した。 目黒駅から徒歩5分の魚屋に目星はつけておいた。 電車内ではのんびりと本でも読みながら時間を潰そう。 姫子はそう考えていた。
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