サーカスが街にやってきたよ!

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サーカスが街にやってきたよ!

「なんじゃこりゃ!」 これが、僕がキグレサーカスに出会った時に発した、最初の言葉である。 北海道函館。ここが僕の母親の出身地。昨年の春、中学に上がると同時に、ここ函館に越して来た。両親が離婚したからだ。 僕がこれまで住んでいた町は、京都の、とても小さな港町で、サーカスなんて来たことがない。テントを張れる大きな広場もなければ、人口も足りない。それでも何度か、サーカスのCMをテレビで観たことはある。それはとてもとてもダサく、心がときめかなかった。 しかしこのサーカスは違う。ある日、大きなコンテナを積んだトラックが何台も現れたかと思ったら、あれよあれよという間に、サーカスの巨大テントが出現したのだ。驚きだった。心がときめいて、胸がはじけた。それも当然だ。毎日の登下校時、僕は、このテントが出来上がるのを相当、楽しみに待っていたからだ。 一人っ子の僕は、平凡な一般家庭に生まれ育った。両親の愛情もそれなりに受けて来た。しかし、父親の女遊びは酷かった。小さな町のスナックの、とても美人とはいえないママとの噂は、母を苦しめたに違いない。とうとう愛想を尽かした母が、僕の見知らぬ極寒地、函館に逃げて来たのだ。僕の意見も聞かないで。絶望の日々のはじまり。僕は寒いのが大嫌い。雪なんて、京都で見飽きているのに、真冬はそれどころの量じゃない。「カニや、イカが美味しいよ」と、祖父母は気を使うが、僕は甲殻類、軟体動物アレルギーなんだ。それも小学生の頃に急に発症したので、カニやイカの旨さを知っている。「つらい」 転校初日、関西訛りを笑われてから、一言も喋れないでいる。だからもちろん友達なんていない。学校の成績はふつう。運動は苦手。14歳、169センチ。何もかもがふうつで、アレルギー以外は特徴がない。おしゃれにも興味はなく、体操着で十分、過ごせる。性格もおとなしい方で、いつも図書室で本を借りて読んでいる。だからといって特に本が好きな訳ではない。こうしていることでしか、休み時間をやり過ごせないのだ。「できることならば、僕もみんなと一緒に」いや、やめておこう。寒いのに外でボール遊びをしている子供の気が知れない。 僕はエセ・インテリを気取り、残りの学校生活を終えたら、高校デビューをするのだ。なんて、勇気も気概もない。きょうも学校給食で魚介エキスなどが入った料理が出た。体中に発心。顔も赤く腫れあがった。おたふく風邪の様に膨らんだ真赤な顔で、帰宅していたらサーカスのテントが出来上がっていた。「すっばらしい」 僕は広場の地面に転がっていた丸太に腰を下ろし、ダッフルコートで膝を覆って、夕暮れ時までサーカスのテントと、その周りで働く人たちを見ていた。
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