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初枝ちゃんのビーフシチュー
初枝さんに連れられ、「ハウス」と呼ばれる白いコンテナに着いた。ここが初枝さんの自宅らしい。しかしここまで来る間のサーカスの裏通り。いわゆるバックヤードは魅力的だった。平凡な生活をしている僕らの様な人間には、決して、想像もしたことがない異様な空間。小さな居住用のテントとハウスが規則的に建ち並ぶ。そういえばむかし、東京にある深川江戸資料館という所に行ったことがあるが、その時に見た情景演出された江戸の町と感覚が似ている。なぜだろう、どこか懐かしい。記憶の片隅にしまっておいた街並みのような。それが、僕が見たサーカス村だった。
「ほれ、おむすびと一緒に食べな」
家のリビングに通され、温め直したビーフシチューをいただいた。
「おいしい」
家庭の味というよりも、良くわからないが海外の味がした。
「本格的ですね」
「そう。こないだから外国人のアベックが来てるのよ。その人たちから教えて貰ったんだよ」
初枝さんは片膝を立てて座り、話していた。右の膝が悪く、こうしていると楽なのだといっている。
「アベックですか?」
「うん、男と女の外人。契約期間だけ舞台に出るっていいよった」
「へー、そういう人もいるんですね」
「外人だけの契約はたまたま。他の者は契約なんて交わさないからね。言葉だけで全部決まるけどな」
聞きながらビーフシチューを頬張っていると、僕の後ろに回った初枝さんが、いきなり僕の前髪を摘まんだ。
「こんなに長かったら、前が見えんよ」
そういうと、明らかに輪ゴムと見えるもので前髪を結んでしまったのだ。
「ほい」
僕のおでこを叩き、初枝さんは、また同じ格好で座った。このコンテナの間取りは寝室がひとつ、真ん中がリビング、反対側に台所。トイレやお風呂はないが、すぐ近くに客用と同じくらいの個数がある簡易トイレがあった。
「お風呂はどうしているのですか?」
「むかしは、もっぱら銭湯に通ってたけど、数年前から移動のお風呂が出来たんよ。同時に10人は入れる。夕方になったら、お前も入れ」
「あっはい」
とはいっても未だ朝だった。空腹を満たしたのと同時に、眠気に襲われた。あくびをしていると、玄関替わりに使っているリビングのサッシから、男の人が顔を覗かせた。
「お、お前か」
どこかで見たことがある。
「面接するから、事務所まで来い」
事務所?そうだ、思い出した。サーカスの事務所の、あの時の強面の男の人だ。
「この人は佐藤だよ。ワッチのこれ」
そういって、初枝さんは親指を立てて見せた。
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