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社長ハウス
象のテントの中は、不思議な空気がした。
インド生まれの象の為に、年中気温を保つため、温風の出る巨大な扇風機の様な物が3台。それが、オレンジの光を放っている。そして床一面に藁の絨毯。むかし観た、アルプスの少女ハイジみたいだった。象は時折、それを掴んで身体に当てている。痒いところを掻いているのだと、吉沢さんはいっていた。
「あれは、鎖ですか?」
象の足首は鎖で繋がれていた。長年そうしているのだろう。そのところだけ皮膚の色が変わり、気持ち、細く見える。
「可哀想だと思うだろうが、逃げると大変なことになるから仕方ないんだ」
「はい、わかります」
「むかし、ハワイでサーカスの象が逃げて、射殺されたと聞いた。それが本当なら、そんな悲劇はない。ていうか俺は、サーカスに動物は要らないと思ってるんだけどね。サーカスだけじゃないな。無駄に動物園も要らない」
そう話す、吉沢さんの横顔は、途方もなく「無」に見えた。
象小屋を出た時、全ての動物の世話をしている、てっちゃんという男性と出会った。
「新しい人なんだ。お見知りおきを」
吉沢さんがいうと、てっちゃんは、ボロボロのキャップを脱いで律儀に頭を下げてくれた。伸びきったタンクトップに、汚れたジーンズ、小柄な身体はとても筋肉質だった。
「田中朔といいます。よろしくお願いします」
深く下げた頭を上げた時、彼の姿はなかった。
「てっちゃんは、とても恥ずかしがり屋なんだ、気にしないで」
次に僕たちは、社長エリアに行った。大きなコンテナハウスが3台、間を取って並んでいる。いちばん右端は、初枝姐さんのハウス、真ん中が、社長の妹家族のハウス、右端の目立って大きいのが社長のハウスだった。社長のハウスの前には小鳥の籠が数個に、無数の植木鉢が並んでいる。そして、とにかく日当たりがいい。
「よしよし」
といって吉沢さんが撫でているのは、社長の飼い犬のチャウチャウ3頭である。
「うわー、チャウチャウですか、はじめて見ます」
社長ハウスの前庭になるのだろうか、大きな犬小屋があった。
「気を付けて、この子たち、こう見えても狂暴だから」
「えっ、見掛けに寄らず」
吉沢さんは、赤兵衛と名付けられた赤毛のチャウチャウの顔をくちゃくちゃに撫でていた。他に、黒毛の黒兵衛にクリーム色の小鉄がいる。ちなみに黒兵衛はメスだ。
「慣れたら大丈夫だよ。お前には、社長の犬の朝晩の散歩を担当して貰うことになるかも知れないから、ちゃんと挨拶しておいて」
「でっでも噛むかも知れないんですよね」
「そう、だから、これからふたりで、こいつらの散歩に行こう」
サーカスの裏通りの更に裏側には、大きな敷地がある。そこを散歩すると、リードを渡されたが、あまりの力の強さに、僕は転んでしまった。
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