テントは大きな傘

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テントは大きな傘

休憩時間になった。いまの段階で尿意を催してはないが、たぶん行っておいた方がいい。そう思い、僕は人でごった返すのを縫いながら、漸くトイレに辿り着いた。が、長蛇の列。3000人に対し、トイレの数は10程度。間に合う訳がない。混んでると思えば、なんだかさっきより、おしっこに行きたい。延々と続いている人の列を見ては、首を落とし、僕は結局、後半がはじまってからもトイレに並んでいた。 「すみません、すみません、すみません」 何度も頭を下げ、片手を手前に出して自分の席に向かった。ほーっと息を吐きだし、舞台を見ると、丁度、象さんが登場していた。なんという存在感とオーラなんだ。3頭の像が、のしのしと舞台に向かって来た。その一頭、一頭に、トレーナーらしき男性が付き添っている。舞台には3人の美女らしき人が、像が到着するのを待っていた。これだけ大きいと、後方の席からでも良く見える。前半の犬のショーの時なんて、何が動いているのかさえわからなかった。 お猿の時も、チンパンジーの時も、アシカの時もそうだった。周りの観客が騒ぐし、子供達が大喜びしているので、動物か、道化師だろうと想像していた。像の芸もクライマックス。大きな樽に座り、両足を上げて挨拶をした。割れんばかりの拍手が沸き起こり、場内は熱気に包まれた。 「暑い」 4月の北海道でも、晴天のテントの中は蒸し暑かった。首のタートルネックを掴んで伸ばし、口で息をしていたら、子供達の笑い声が響いた。 「ん、なんだ?」 眼鏡の位置を直し、舞台に集中すると、なにやら象が、おかしな格好をしている。あれはもしや?想像した通り、一頭の象が、舞台上でウンチをしていた。そして、し終わったと思ったら、今度はオシッコまで。大量のウンチに大量のオシッコ。スタッフが慌てて、深めの台車を持ち出し、ウンチを拾い、また他のスタッフは、モップで大量のオシッコを拭いていた。場内は大騒ぎだった。 「面白かった」 思わず、口ずさんだ。あれは演出なのだろうか?そう思う程、観客はウケていた。 帰り道、僕は殆ど、放心状態だった。何度も、何度も、後ろを振り返り、サーカスを見た。音楽が聞こえる。あの場所から、離れることがつらかった。寂しかった。僕はリュックを胸に抱え、サーカスのテントを見ながら、涙を流した。また、必ずこの場所に来る。
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