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なりたい自分になる決意
これまでの人生で、自分を変えたい、変わりたいと思ったことは一度もない。
周りからは、しつこく言われた。
「このままでいいの」「強くなりなさい」「弱虫でいいの」などなど。
僕は男だから、強くならなければいけないのは知っている。けれども、自分に向けられた「牙」なんて、僕がただ堪えていたら良いのだから、それを弱さの象徴みたいに言われても困る。俗にいう僕の様な弱者が他にいて、もし虐められていたら、僕はその弱者に、手を差し伸べることは出来る、のかも知れない。幸いといっていいのか、そういう現場を目にしたことはないが。これまでの14年間、虐められていたのは僕自身だったからだ。だから僕は、他者への憎悪に震える事もなかった。時がいつでも解決してくれる。幼稚園から小学校へ、小学校から中学校へ。何もないのに突然、蹴られたり、首を絞められたりしていた日常だったけれど、僕は笑っていたし、彼らも笑っていた。それでいいじゃないか。
でもね、サーカスを観て、僕の中の何かに火が灯ったんだ。強くなるとは、また違うけれど、精一杯生きたい!そう思った。カッコイイ!とも思った。あの舞台に僕も立ちたいと、強く願った。
それから毎日、夢を見た。夜寝てからの夢ではなく、ひとりで妄想する夢のこと。僕はサーカスの舞台に立っていた。トランポリンで宙返りをし、床のアクロバットショーで、華やかな芸を、軽やかに繰り広げる。そして空中ブランコでトリを務め、最高難度の技を展開する。フィナーレでは、空中ブランコのチームとして現れ、拍手喝采を浴びるのだ。
桜の木の下で、妄想し、気持ちよくなっていると、
「朔」
後ろから肩を叩かれた。
「痛い……」
そうつぶやき、彼女を見た。
「何、にやにやしてるのよ。最近のあなた、可笑しいわよ」
「おかしくないよ」
僕はうつむき、歩き出した。
「ねえねえ」
彼女は長い黒髪を垂らし、僕の前に出て微笑んだ。きらめくような笑顔。とてもすてきだ。
「いいことでもあった?」
横並びになり、歩く彼女の足取りは軽い。ポカポカ陽気なのに、制服の上からダッフルコートを着て、マフラーを巻いている僕に比べ、彼女は、制服の上にカーディガンを羽織っただけで、膝上ギリギリのスカートの足は、真っすぐ、伸びていた。
「好きな子ができたとか?」
「そっそんなんじゃないよ」
早歩きになる僕の肩を、彼女はまた叩いた。
「あれれ、照れてるの?」
「だから」
「ふーん、そっか」
なにを思ったのか、彼女は僕の前に立ちはだかる。学生鞄を手前で持ち、小首をかしげた姿は、何かの、芸能人のポスターを見ているようだ。
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