招待券

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招待券

僕は、日曜日になる毎にサーカスを観に行った。なんで日曜日かというと、学校が休みなのは勿論のこと。土曜日に祖母の畑を手伝い、その駄賃で、チケットが購入をしていた。 そんなある日、学校にサーカスからの招待券が届いたと、朝礼で教師に聞かされた。学年別で、生徒が揃ってサーカスを観に行くのだという。僕は嬉しさ半分、不安が半分という複雑な感情だった。僕の通う中学には、それなりの悪ガキがいて、中二という学年のせいなのか、とてもイキっている。サーカスは、無駄に大声を出したりする場所ではない。真剣勝負で集中しているパフォーマーに敬意を払い、一瞬、一瞬に息を飲む。しかし彼らヤンキーは、人と違うことをするのがカッコイイと思っている。なにか、問題でも起きなければいいのだが。 「楽しみだね」 学校の帰り道、僕がサーカスのテントに見とれていたら、芽衣(めい)に声を掛けられた。芽衣というのは、この学校で唯一僕に話しかけて来る、長い黒髪の女の子だ。 「あっうん」 「もうサーカス観に行ったの?」 「うん、実は。そう」 「じゃあ、招待券、貰ってもあまり嬉しくない?」 「そんなことないよ」 振り向き様に否定したので、芽衣は大袈裟に瞬きをしている。 「なんか、ごめん」 「ううん」 芽衣は口に手をあてて、笑い出した。嫌な笑い方ではない。上目遣いで僕を見て、やさしくうなずいてくれている。 「朔って、好きなのね、サーカス」 「うん、僕の唯一の希望だから」 「希望?」 「そう、いまの僕にとっても、将来の僕にとっても、このサーカスは全て」 「いいなあ」 芽衣はそういうと、スカートをふわりと揺らし、その場にしゃがんだ。 「そんな希望が持てて」 はじめて聞く、芽衣の寂しそうな声。芽衣は座ったままで振り向き、僕を見上げた。いつもの笑顔に戻っていた。 「あの、芽衣ちゃんにはないの。希望?」 「わたしは、そうね」 芽衣は立ち上がると、身体をくるくる回した。その度にスカートと髪の毛が揺れ、それが春の夕日に光り、すてきだった。 「わたしも、サーカスを観たら変われるかも知れない」 「うん」 僕がうなづくと、芽衣は、バイバイと手を振って去って行った。 公演当日、サーカスまでは生徒教師全員、歩いて行った。総勢120名ほど。一組づつ、少しの時間差をつけた。平日のサーカスは、日に一回しか公演しない。人の入りに期待ができないからだ。きょうのサーカスも、平日で曇り空ということもあってか、空席が目立った。僕たちは、舞台の左端の席を貰った。真ん中の指定席以外に座るのは、これがはじめてだった。 そしてきょう、僕の懸念していたことが現実となる。
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