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高綱渡り
彼ら、いわゆる「ヤンキー」と世間でいわれる人たちの暴挙は、開演すぐにはじまった。おかしくない場面で声をあげて笑う。「静に」という文字が舞台上の電光掲示板に掲示されても構っていない。少し離れた場所に座っていた僕は、そちらが気になって仕方がない。担任の先生を見たが、年寄りで、定年退職の日を楽しみにしているばかりの彼は、いつも無関心だ。
「やれやれ」
どうにか休憩時間も終わり、席に戻った時、彼らの姿はなかった。トイレにもいなかったので、恐らく煙草でも吸いに出たのだろう。
「ねえねえ」
自由席はベンチスタイルだった。隣の男子と、僕の間に割って入って来た芽衣のが近くにあり、恥ずかしくなった僕は膝を抱えてうつむいた。
「あのヤンキー、喫煙所で煙草を吸おうとしてさ、それも制服でだよ。そうしたら、サーカスの関係者の人に怒られて、シュンとしちゃって」
「それで、どこに行ったんだろう?」
膝を抱えた僕は、彼らが座っていた席を見たが、未だ、誰も帰って来ていない。得体の知れない不安がよぎる。
「もう帰って来なかったらいいのに」
僕は芽衣の横顔を下から眺めた。芽衣は膝に置いた掌に、顎を乗せている。
「でも、幼馴染なんでしょう」
「そうよ。みんな幼稚園の頃から知ってるけど、いまの彼は嫌いよ」
「うん」
そんな会話をしていたら、彼らが戻って来た。しかしその時、会場内は暗転していて、席を案内する係の人が、ペンライトを持って、彼らを誘導していた。
彼らは最後部座席を陣取っており、両足を前に投げ出しているので、前列の一列、まるまる開いている。後半開始の最初の演目は、「高綱渡り」だ。地15メートルほどの高さにワイヤーロープを、舞台の端から端にあるポールに張り、その上を、長い鉄の棒を持った人が歩く。途中、足を上げたり、ジャンプしたりする。その演目のクライマックスは、3人の女性が綱に座り、目隠しをした男性が、女性を跨いで渡るというものだ。
「あいつ、見えてんじゃない」
そういったのはグループのリーダー的存在の、翔太だった。翔太は背も高く顔もいい。家も富豪だし、全て羨ましい限りなのだが、彼はグレていた。
「見えてるかどうか、試そうぜ」
そういって翔太はポケットからペンライトを取り出すと、明かりをつけ、目隠しをした男性の目に当てた。ちょうど、3人目を越えようとしていた時だった。彼は足を踏み外した。
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