3人が本棚に入れています
本棚に追加
決意
サーカスの講演期間も残り僅かとなっていた。僕はとっくに招待券を使い切っていたけれど、いまは顔パスで入れるほど、馴染みの客になっていた。それでも座って観るのは悪いから、僕はいつも立ち見をしていた。
中学を卒業したら、サーカスに入りたい旨を親に説明したけれど、全く理解されない。それどころか、サーカスの悪口を言い出す始末だ。酷い偏見だった。しかし僕の決心は揺るぐことはなかった。次第に母は、せめて高校だけは卒業して欲しいと言い出した。その3年間で、僕がサーカスを諦めると思っているのだろう。僕はその提案を飲まない。もちろん3年で自分の決心が揺らぐとは思ってないが、サーカスのパフォーマーになるのに、3年の高校生活は無意味だと思うのだ。3年があれば、ひとつの芸を立派に仕上げられるかも知れない。身体も軟らかい方がいい。まだ14歳。いいや、もう14歳だ。遅すぎるくらいなのだ。
1年がすぎ、卒業式を迎えた日、ひとりで帰る僕の後を追いかけて来たのは芽衣だった。最近、前髪を伸ばし、後ろで結んでいる。雰囲気が一気に大人っぽくなった。
「やっぱり高校に進学しないんだね」
「うん、決めていることがるから」
「もしかしてサーカスに入団するとか?」
僕は立ち止まり、芽衣を見た。その話しは教師にも、誰にもしていない。
「そうか、そんな気がしていたんだ」
「うん」
「会えなくなるんだね、寂しいな」
「うん」
「わたしもサーカスに入りたいな」
「え?」
芽衣の顔をしっかりと見た。冗談をいってる様には見えなかった。
「でも高校は?」
芽衣は首をふった。たしか市立の高校への入学が決まっていた筈だ。
「いつ、この町を出るの?」
「母親とふたりで温泉旅行に行くから、来週の月曜日。バスで」
「バス?」
「たまたま札幌で公演をしているんだ。だからバスで」
「わたしも、行ける?」
「えっ、札幌に?」
「サーカスに一緒に行けるかな」
こんなに強い目を向ける彼女を見たことがない。僕は彼女の、なんの事情も知らないままうなずいた。
駅近くにある夜行バス乗り場は静かだった。芽衣が来ることを期待しているいる。ひとりでサーカスに行くのが不安になったのだろうか。やはり僕は、変わらず弱虫だと自分を嘆いた。
「朔」
夜の町に、芽衣の声が響いた。僕は立ち上がり、その反動で、膝の上のバックを落としてしまった。
「どうしたの、その恰好」
私服姿の芽衣を、これまで見たことがない。
「わたし」
誰かに殴られたのか、明らかに腫れた顔、襟が大きく開けたセーター。きれいな髪の毛も。今夜は乱れていた。
最初のコメントを投稿しよう!