act.3  叶えられた夢、帰ってきた人。

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 折々に色んなイベントが行われる特別企画展示室は2階3階にあって、俺は目当ての会場へと向かった。  やっぱり大型連休でいつもより人は多いものの、混雑しているメインの企画展よりは規模も小さくいくらかゆっくり回れそうな来場者数ではあるけれど、この会場に来ている人の年齢層は明らかに他の所より若かった。    数名のアーティストの作品がそれぞれ仕切られた空間に飾られている。そこに展示されたものが放つ、自分は持ち合わせていない感性というエネルギーに圧倒されそうになる。  正直あの頃から俺はこういうのはあまりよく分からなくて、ただただ彼の描く絵が好きなだけだった。好きな人の作品だからだろうと言われれば返す言葉もないのだけれど……。  立体オブジェやフォトグラフなど斬新な現代アートが並ぶ中、会場の一番奥の壁は一面勇の絵が飾られてあった。  二人掛けのソファーとローテーブルくらいしか目立つ家具のなかったあの部屋で、まだ十代だった彼が描いていたモノとは圧倒的にスケールの違う作品がそこにはあって、あの時彼が手の中に包み込んでいた物はこんな大輪の花を咲かせる種だったんだと改めて感じさせられる。  ――こんな人と俺は同じ景色を見ていたんだな。  別れの日に渡されたスケッチブックに残してくれたものは、確かにそこにあった二人の時間と溢れんばかりの君の想いで、もう数え切れないほどページをめくり、そのたびに勇のことを近くに感じられた。  目の前の作品を描いたのが、そんな想いをくれ、自分の隣で笑っていた人だなんて信じられない気持ちになる。  感慨深くもあり、そしてどこか苦しさも感じる複雑な感情がこみ上げたけれど、それを押し流すほどそこに飾られてある絵は素晴らしかった。  立ち尽くすようにその作品を見つめていた俺の側に若い男性二人がやって来て、同じように勇の絵に釘付けになっていた。 「わあ、いいな。成瀬 勇」 「これってお前の好きなアーティストだよな」 「うん。……やっぱすごいわ」  称賛の溜め息を洩らしながら話す声が隣から聞こえ、自分のことを言われたみたいにムズムズする。  二人は高校生か大学生になりたてくらいの年齢で、一人はマリンスポーツでもしているような色素の抜けた髪と日に焼けた綺麗な体躯をしていて、勇の絵を真剣な目で見ているもう一人は細く白い手足に艶やかな黒髪をしていた。  そのどこか対照的な二人が、このくらいの歳でまだ制服を着ていた頃の自分たちの姿と重なって、懐かしさに胸の奥がキュッとする。 「 “四季シリーズ” っていうのが有名でさ。去年日本の大手企業の年間ポスターになったんだ」 「あ、知ってるそれ! 飲料メーカーだろ。水泳部の先輩の差し入れいつもそこのスポドリだった」 「そうそれ。モダンアートでカッコイイんだけど、どこかクラシカルな雰囲気もあってすごくいいんだよなあ」 「フフッ、さすがもと美術部目線の感想」  仲良さそうに会話する彼らは、その後もずっと勇の話をしていた。  二人の口から出る『成瀬 勇』という人は、間違いなく一人の成功したアーティストの名前なんだと実感する。 (君は本当に夢を叶えたんだね――)  こうやって見ず知らずの誰かが彼の名を口にし、その活躍を話題にしているのを耳にするたび、心からそう思った。
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