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この展示会は昨日から始まっているのだが、勇は別件の都合で開催初日に日本に戻ることができず、帰国は今日になったようだった。
本日午後から、この企画に参加しているアーティスト数名と地元の美術専門学校生とのトークイベントがあって、それには間に合わせて欲しいと主催者側から言われたらしく、かなりバタバタしているけれど、それが終わったら少し時間が空くからその時逢いたいと連絡をくれた。
……どうしよう。
……もうすぐ勇に逢えるんだ。
ここのところずっと、痛いくらいに高鳴っている心臓がもうさっきから容赦ない。その音は耳の真横で鳴っているんじゃないかって思うほど。
緊張に汗ばむ手を握りしめ、それが行われる1階の多目的ホールへと向かう。
来館者の中にはこのトークイベントが目的の人もいたようで、狭い講堂は開始前からそこそこ埋まり始めていた。さっきの男の子たちも最前列をキープしている。
言われるだろうなと思っていたところに、予想通りそのイベントは見に来るなというメッセージが届いたけれど、……いや。そんなの無理だよ。
だって、どれだけ長い間君の顔見られなかったと思ってんの?
露出のほとんどない彼は、オフィシャルサイトでも活動内容だけしか載せていなくて、ヘンな言い方だけど本当に俺は彼のことを、ましてや動いている勇の姿などずっと見ていない。
二年前に一度、彼は今回みたいなコラボイベントで日本に帰って来ていたのに、そんな時に限って俺自身の研修旅行と重なって、しかもそれがよりにもよって海外視察研修という最悪のバッティングで逢うことは叶わなかった。
彼が国内にいて俺が国外にいたなんて、あの時ほど己の勤めている会社を恨んだことはない。
だから今回は少しでも長く勇の姿を見ていたい。少しでも沢山声が聞きたい。そう思ってしまうの、――しょうがないよね。
広くはないフロアだから充分舞台に目が届くし、後ろの方でこっそり見ていようと後方席に場所を取ろうとしていた俺に係の女性が声を掛けてきた。
「まだ余裕ありますから、もっと前のお席にどうぞ」
ニッコリと笑顔でそう言われたが、それに遠慮がちに首を振って入口近くの目立たない席を選ぶ。
ふうっと短く深呼吸のような溜め息をついてそこに座り、彼女が渡してくれた手元のフライヤーに目を落とした。それにはトークイベントに参加するアーティストの代表作と簡単な経歴が載っている。
それと共に小さく印刷されたそれぞれの人物紹介の写真。その中の一人。
目を伏せたモノクロの横顔。
耳元で早鐘を打つ俺の鼓動は、場内の喧噪を消してしまうくらいだった。
そこにあるのは、教室で初めて見た日から俺の心に深く刻まれた面影。涼しく切れ上がった目許が禁欲的さをかもすその人の横顔を、あの頃どれほど見つめていただろう……。
昔よりもシャープになったその顎から耳にかけての綺麗な輪郭を、俺は無意識のうちに指先でそっとなぞっていた。
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