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光を沢山取り込む大きなガラスに囲まれたミュージアムのカフェは、どの席からも綺麗に手入れのされた庭園が見えて、そこに佇むオブジェも鑑賞できるようになっている。
この美術館に来るたび、敷地内はどの空間もすべてがアートなんだなと実感する。
レストランに併設するそのカフェに入った瞬間コーヒー豆のいい香りに包まれたけれど、俺はホットではなくアイスコーヒーを注文した。口の中がカラカラに乾いてしまって……。
“悪い。今終わった”
トークイベントが終わり、来場者が順に会場を後にし始めた頃、ほどなくして手にした携帯が震えた。
“すぐ行くから1階のカフェで待ってて”
俺がそのイベントを見に来ていたとは思っていない勇から、終了時間が押したことを慌てるようなメッセージが届く。
(大丈夫。予定時間オーバーしたこと知ってるから)
そんなことを思いながら、自分が会場にいたことはやっぱ黙っていようと考えると同時に、また俺の心拍が上がっていくのを感じながら了解の文字を送った。
指定されたカフェに入り窓際の席に案内されるも、そこから見える鮮やかな新緑もどこか上の空になってしまって、運ばれてきたせっかくのコーヒーも味がよく分からない。
八年ぶり――。
顔見て話すの。
それってすごいよね。
小学校に入学した子が中学二年生になってるってことだもんな。
それほどに長い季節を挟んで、今日勇に逢える。
卒業式を目前にした18歳のあの日。
彼のことを見送ったバスターミナルで目に焼き付けた笑顔をまた見ることができる。
ずっと聞きたかった大好きなその声を直接聞くことができる。
ああ……。
最後に繋いだあの手の温もりをまた感じられるのだろうか。
トークイベントが始まった時みたいに心臓が鳴り始めて、でもそれはさっきの緊張感とはまた趣を異にしていて、胸の奥を中心に身体全体が熱くなっていくみたいだった。
勇に恋をしていた頃と同じ動悸。痛くて苦しくて――甘い。
(俺、今度こそ心臓止まるんじゃないか?)
そう思って、震える息を吐いた時……。
「――湊」
俺の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
どうしよう。
心臓――……。
止まったかも――……。
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