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ハッと顔を上げ、声のした方を振り返る。
その時――、目の前にまるでポラロイドカメラの画像のように、記憶の奥のあの日が浮かびあがった。
ねえ……。
きっと君は知らないよね。
紹介された転校生は、瞬く間にクラス全員の関心を引いたこと。
冷たく見えるほどの綺麗な容姿が、皆の中に強烈な印象を残したこと。
そして。
もう最初からそうなることが決まっていたかのように、一瞬で俺の心を連れ去ってしまったことを。
振り向いた先にその彼が立っている。
さっきよりずっと近い距離にいるのは、これからの自分にとって忘れえぬ存在になると、あの日の俺はまだ気付けなかった人――。
「……成瀬」
思わず椅子から立ち上がると同時に、自分のものじゃないみたいにか細く震えた声が洩れる。気付けば唇もまた同じように小刻みに揺れる。
色あせたポラロイド写真が今、瞳の中で鮮やかに色彩を結んでいく。
震えるその唇を開いた時そこから気持ちがこぼれ落ちた。
「――……おかえり」
七年の時を越え八年目の再会で最初に伝えた言葉。
俺のその一言を聞くと、あの頃と変わらないセピアの瞳の涼し気な目許をふわりとほころばせた表情に、日本を出発する日最後に見た、泣いているより切ない笑顔が思い出されて胸がいっぱいになる。
黒板を背に挨拶をしたまだ高校生だったあの日より、ずっと精悍になり研ぎ澄まされた男になった勇。
俺を見つめたまま小さくうなずき、優しく微笑んで言葉を返してくれた。
「ただいま。湊」
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