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act.5 変わらないものはなんですか。
何を話そう。
何から話そう。
そう思うのに全然言葉が出てこない。いや、それ以前にどこ見ていいのかさえ分からない。
明るい光の射すカフェの窓辺の席。俺の心臓を止めかけた人が向かい合うようにそこに座っているのは現実なのか。
俺と同じものを注文し、運ばれてきたアイスコーヒーの入ったグラスを持つ手は相変わらず長く綺麗な指先をしていて、そこからたどるように視線を移すと折り返したジャケットの袖から伸びる手首や腕に目がいって、さっき舞台上で見た時も思ったけどその着ているモノトーンのセットアップが凄く似合っていて……。
――って。……ダメだ。
…………緊張して顔が見られない。
転校当初、彼に一言話しかけるだけで心臓バクバクしていた自分が顔を出す。
“あの頃のまんまじゃねえか俺” と思いながらアイスコーヒーに入っている氷を無駄にかき回していた時、正面に座る勇がクスッと笑うのが分かった。
「お前、変わんねえな」
「――え」
思っていたことが伝わったかのような言葉に思わず顔を上げると、あの頃何度も見ていた笑顔と同じものがそこにあった。いつも俺の心を見透かしているみたいだった表情。
いま目の前で、口の端を上げて可笑しそうにしている彼に、からかわれるたびドギマギする俺の反応を見て笑っていた昔の勇が重なって、くすぐったい気持ちになる。
「俺といるときのそのテンパってる感じ。全然変わんない」
そう言って懐かしむようにふわっと笑みがこぼれて、ギュッと身体を抱きしめられたみたいに心拍が上がった。
変わんないってそんなの……、
変わるわけないだろ。
だって、自分でもあきれるくらい俺の中は全部君でいっぱいだったんだから。
それは制服を脱いでもう何年も経つ今もなおずっと、変わらないままなのだから――。
多感な歳頃の出来事だったから美化されていただけで、いつしかそれは過去の記憶となり、彼は思い出の人になるのかもしれないと怖くなったこともあったけれど、そんなことあるはずもなかった。
俺はずっと、ただ一人の人に恋をし続けてきたんだ。
イタいって自分でも分かってる。分かってるけど気持ちは止まらなくて、気付いたらこんなにも時間は過ぎていた。
でも彼への想いの熱さは、時間の経過に逆らうようにあの頃と同じ熱量のままで。だから……。
「――……あん時の湊がいるみてえ」
微かな溜め息みたいなささやきが耳に届く。優しい目でこちらを見つめながらそんな言葉をくれる彼のその声は、俺のことを抱きしめ離したくないと言ってくれた最後の夜と同じ声音に聞こえた。
ねえ、勇――。
君もきっと同じだって。
変わらなかったのは俺だけじゃないって、
思っても……いい?
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