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「イベント開催おめでとう。作品見てきたよ。圧倒された」
相変わらず語彙の足りない称賛しか贈れないけれど、それを聞いてはにかむように首筋を搔く勇。
連休だけあって店内は常にほぼ満席状態だったが、俺らの座る席は少し奥まった場所にもかかわらず、チラチラと彼のことを見ている来店客がいることに気付いていた。
もしかしてさっきのトークイベントに参加していた学生さんかなにかで、彼のことを知っているのかもしれないけれど、それを抜きにしてもやっぱり相変わらず勇は目立つ。いや、昔より洗練されたぶん更に一層人の目を惹く存在になったと思う。
自分も気付かぬうちに目を奪われてしまう者の一人だと感じながら、向かい合って座るその人の仕草を目で追っていた時、ふいに言葉を掛けられた。
「お前見た目も変わんねえな。制服着たらさ、高校生でいけんじゃないのか?」
「いけるわけないよ。今年26だぞ」
当の本人は周りの視線にまったく気付かないままそんなことを言ってくるので、変わらないのは君のそういうところだよと思いながら苦笑混じりに言葉を返すと、勇はテーブルに片肘を突いてこちらに少し身を乗り出した。
「26歳の湊か……。何か信じらんねえわ」
「……」
真正面から俺の顔をじっと見て、しみじみとつぶやく。
それそっくりそのまま勇に返すよ。てか、……恥ずかしいからそんなに見ないでほしい。
「初めて会った時、成瀬金髪だったじゃん。銀髪になってるからびっくりした」
頬づえをつくようにして俺のことを見つめる勇の髪は、根元が暗めのシルバーアッシュのツーブロックで、高校に金髪というその髪色の生徒がいなかったのと同じように今自分の周りにも銀色の髪の知り合いはいない。
でもあの時ひときわ目立つその髪が彼に似合っていたのと同じように、会社員の俺には考えられないカラーのそれがびっくりするくらい勇には似合っていた。
たぶんそれ、ひいき目の評価じゃないと思う。
「もう誰かにボコられることもないしな」
窓からの光を受けるその髪をかき上げると、当時先輩から目をつけられていたことを思い出すみたいに笑う。
懐かしいな。そんなこともあったっけ。
「お前は相変わらず綺麗な髪してる。高校ん時よりちょっと長い?」
「――え。……どう、だろ」
なんでもないことみたいに言われた「綺麗な髪」という単語にドキッと心臓が鳴る。動揺してしまいそうな自分を見られないようにと、前髪を崩して目許を隠した。
「…………触りてえ」
その時ポツリと聞こえたつぶやき。
伏目がちに落としていた俺の視線の先には肘をついていない方の彼の手が置かれていて、その指がテーブルの表面をそっと撫でるように動いた。
優しく何かを絡めとるような仕草が俺の身体を熱くする。
一度意識してしまったら、また速くなっていく鼓動を止められないのと同じように、あふれてくる気持ちが止まらなくなる。
ためらいがちに顔をあげると、言葉にしがたい表情の勇がいた。こんなにも近くに俺を見つめる瞳がある。
ああ……。あの手で触れて欲しい。
心からそう思った。
この人の体温を感じたい――。
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